【研究内容紹介】紺屋あかり先生

▽現在の研究分野は何ですか?

 私の専門分野は文化人類学で、「ことばと相互行為」を中心的なテーマとして研究をしています。人は身体を使ってどのようにコミュニケーションをとるのか、身体的コミュニケーションが社会に及ぼす影響はどのようなものかということに興味を持っています。
 私が調査しているフィールドはパラオというミクロネシアにある島嶼国です。研究地域の設定としてはオセアニアとなりますが、オセアニアと言っても地球の表面積のおよそ3分の1を占める、太平洋に跨る広大な地域です。私はこのオセアニアが有するたくさんの島々の中でも、特にパラオに関心を持っていて、これまでフィールドワークに基づいた調査研究をすすめてきました。実際にパラオで生活をしていた2年間を含めて、2007年から13年間パラオ一筋で研究してきました(取材:2020年)。
 博士論文では、パラオの口頭伝承について分析しました。口頭伝承とは、元来の無文字社会にみられる身体的コミュニケーションで、身体をデバイスにして歴史や神話、生業の知識などを伝承するものです。口頭伝承は、語りだけでなく、踊りや図像化、そして詠唱などと複数の実践形態があります。私はそのなかでも特に、「詠唱」(英語ではchanting)に着目して、研究しました。パラオは19世紀から1世紀の間に4カ国からの度重なる統治を経験してきました。このような激動の歴史を経て、1994年に独立して近代国家として新たなスタートを切ったばかりの国です。この小さな島嶼の地域社会がどのように変化しているのかという事を、口頭伝承を「うたう」というパラオ固有の身体的コミュニケーションの実践を分析することを通して考えてきました。

▽現在の研究分野の魅力は何ですか?

 文化人類学は、他者の文化を研究するだけでなく、同時に自己の文化についても考える学問です。他者と自己の視点を往復する事によって、文化間の差異や違いを発見していきます。この違いを発見していく作業を通じて、次第に世界が違って見えてくる事がこの学問の魅力のひとつだと思います。他者の文化を知ることで、それまで自分が慣れ親しんでいた価値観とは異なった視点を身につけることができます。この学問を通じては、ものの見方が広がり、違った価値観を柔軟に受け入れることの楽しさを知ることができます。
 オセアニア地域研究の魅力は、その「新しさ」にあります。オセアニアの島々は、新興国です。言い換えると世界で最も独立に遅れをとった地域です。オセアニアはいわゆる「近代国家」という枠組みからからは遅れをとっています。しかし、実際にオセアニアの人々と暮らして彼らの生活や考え方に触れると、彼らからは、縦横無尽に世界を渡り歩くような新しい国民像のようなものが観察されます。オセアニアの人々は、世界的な潮流の周縁にいるように見えて、しかし彼らのペースで自分たちの社会を渡り歩いています。私はその自由さやタフさに魅力を感じています。
大学院ではアジア・アフリカ地域研究科に所属していたので、最初は東南アジアに行きました。担当教員が東南アジアを専門としていたので、ラオスやタイへ行く機会がありましたが、最終的にはオセアニアに落ち着きました。研究テーマを設定しようとしていた当時から、感覚的に島に興味を持っていたのかもしれません。今でこそ、パラオに強いこだわりを持っていますが、最初は担当教員にすすめられるがまま、パラオを調査地とする事が決まったといった感じでした。

▽研究を志すようになった理由は何ですか?

 学部4年生の時に読んだ本のインパクトが大きく、それがきっかけだったと思います。1つはイーフー・トゥアン(1930-)の『空間の経験』(ちくま学芸文庫, 1993)と『トポフィリア』(せりか書房,1992)という2冊の人文地理学の本です。これらは、場所に対する愛着や、土地や空間との繋がりについて書かれている本ですが、読んだときに衝撃を受けました。これらの本が、「人々はことばや身体的なコミュニケーションを通して、どのように社会を経験するのか」という興味に繋がった根源になりました。
もう1つは日本の人類学者である山口昌男(1931-2013)の『文化と両義性』(岩波書店,1978)という本で、この本も学部生の時にかなりのインパクトを受けました。この本は、有機的な社会のあり方について述べられたものです。この本を通して、「記号論」をベースにした文化人類学に興味を持ち、これが研究を志すきっかけになりました。「記号論」とは、文化と自然を接合する道をつくることで、こうした理論は、今の私の研究においても核となるアプローチのひとつでもあります。

▽今後の研究目標は何ですか?

 今後も今までのようにパラオの研究を続ける事が目標です。その中で現在私が関わっているプロジェクトが3つあるので、それらを紹介します。
 1つめは、パラオの口頭伝承をアーカイブするプロジェクトです。パラオ語のオンライン辞書を作ろうとしています。すでにハワイ大学から発行されているパラオ語の辞書はあるのですが、私が取り扱っている口頭伝承には、辞書には載っていない古いパラオ語が多く使われています。今までパラオでの聞き取り調査で集めた、約300の詠唱の歌詞を全て翻訳できているわけではないので、まずはそれらの翻訳作業をやる必要があります。この翻訳作業を通して古典パラオ語を分類して資料化し、多くの人がアクセスできるようにオンラインの辞書をデータベース化したいと考えています。なぜアーカイブが必要かというと、植民地経験や近代化に伴って、パラオ語を話す人が若年層を中心に減ってきていいるため、将来的にはパラオ語は消滅危機言語になるだろうと危惧されているからです。少数言語である上に消滅の危機でもあるため、早急に取り組むべき課題としてこのプロジェクトを進めています。
2つめは、「贈与交換」をテーマにした国際的な共同研究プロジェクトです。オセアニアと東南アジアの島国を研究している、イタリア、台湾、日本の研究者らと、市場経済化の浸透と比例して拡大化をみせる、各島嶼地域の昨今の贈与交換の実践をテーマに、これらをアジア−オセアニアの地域間比較の観点から明らかにしていきたいと思っています。
3つめは、国内の地理学を専門にしている研究者らとの共同プロジェクトです。大日本帝国が委任統治していた地域として、昔のパラオも含む「南洋群島」があります。当時(1919-1945)の日本人による南洋群島の研究と、現代の地域研究とがいかに接合されるのかという事を、地理学と地域研究の2つに跨る学問領域において研究しています。

▽学部生時代はどのような様子でしたか?

 あまり真面目に勉強をする学生ではありませんでした。写真サークルに入っていたので、暗室にこもるか、写真を撮りに旅行に行くかのどちらかしかしていませんでした。元々、高校時代から映像制作に興味があったので大学では映像サークルに入ればよかったのですが、当時の私は、映像を制作するために映像の構図を勉強しなければと考え、写真サークルに入るという回り道をしました。写真サークルでは、自分でカラーも白黒も焼いたり、一眼レフを持って色々な所に旅行に行ったりしました。この時に一人旅をした経験がフィールドワークにも活かされているのかもしれません。
 大学院に入ってからは、映像も撮るようになりました。私が大学院生だった頃、先輩たちが映像人類学という新しい研究のアプローチを用いて、アフリカやアジアなどの様々な地域で映像を撮り始めていました。私も先輩たちの影響を受けて、大学の写真サークルで勉強した構図を活かしつつ、映像を撮るようになりました。今でもフィールドワークへ行った際は映像を撮っています。

▽学生時代に読むべきオススメの本は何ですか?

 私は学部生の時は、小説ばかり読んでいて、あまり難しい学術書の類は読みませんでした。学部時代には、みなさんに、難しい本だけでなく、小説などを通じて様々なストーリーに触れて欲しいと思います。そうすることで、色々な世界観を知ることができ、視野が広がるきっかけとなります。ランダムに目についた小説を読むのも良いのですが、読み進めるうちに次第に好きな作家が出てくると思うので、その作家の小説を全部集めて読んでみてください。私自身、これをした事で考えが深まった経験があるので、オススメします。
 また、考える力が鍛えられる本としては、外山滋比古(1923-2020)の『思考の整理学』(ちくま文庫,1986)をお勧めします。この本は、どのように論理的思考をすればいいのかという事や、考えるとは何かという事を端的にまとめられています。大学時代に読んでおくと社会人になってからも役立つとても良い本だと思います。

(取材日:2020/08/11)

〇紺屋 あかり(こんや あかり)国際学科専任講師
ボイシングの人類学:西太平洋島嶼パラオにおけることばと行為
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。京都大学東南アジア地域研究研究所での連携研究員・助教を経て2020年4月国際学部国際学科に着任。
論文に「パラオ口頭伝承のテクスト化をめぐる人々の実践:ことばの物象化に着目して」(『文化人類学研究』2019)など。

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