【私にとっての国際学部】06KS稲本淳彦さん

取材日:2020年9月26日

▽なぜ国際学部に入ったのですか?

 正直、大学でどういう勉強をしたいかピンときていなかったので、世の中の流れに乗って上位校に行きたいなと思っていました。ただ、自分の中では「外の世界を知りたい」という気持ちは持っていました。その考えの下、「国際」というのは1つのキーワードで国際に関する学部を探す中で明治学院大学の国際学部を見つけ、ここなら自分の好奇心に応えてくれる環境があると思い志望しました。

 そもそも、私が外の世界を知りたいと思うようになったのは、父の仕事で小さい頃から外国に住んでいたからだと思います。日本帰国後は、日本の中学高校での生活に違和感があり、違和感を拭うための「自分探し」をするために海外の大学に行くことも視野に準備もしていましたが、私の父から「日本の大学を卒業しなければ日本の企業には就職できない。」という保守的な考えで反対され、断念せざるを得ませんでした。

 ただ外の世界を知るのは日本でもできる、海外の大学も留学でもいけるし大学に行けばもっと色々な世界が広がっているし自ら動けば変わる、という気持ちに切り替えました。

▽学部生時代はどのような活動をしていましたか?

 自分の好奇心のままに外の世界に出ていく上で主に2つの活動を行いました。

 1つ目は、外部のイベントへの参加や学生団体に所属しました。1つは国連大学の方で立ち上がった「UNHCR Youth」という国連難民高等弁務官事務所のサポートの元、大学生によって立ち上がった団体に参加し、勉強会やイベント立ち上げチームに参画しました。また、アフリカに興味があった際には”TICAD”アフリカ開発会議などのイベントに参加して、自分の好奇心のまま興味のあることは大学に限らず外の世界からのインプットしようと参加していました。

 2つ目は、留学です。正規での海外大学への入学できなくても留学であれば親からも許可を得たので、とにかく大学3年生に留学することを目標に、1年生の秋頃からずっと勉強していました。2006年入学した当時は現在(取材日:2020年)とは違い、1年間の取得単位数に制限がなかったので、卒業までに必要な約120単位を2年間で全て取りました。今思い返すと、勉強が疎かになってしまったので、計画的に単位を取っても良かったとは思いますが、当時はそれぐらい留学に対する意識が強かったです。英語の勉強はUCの留学生専用のクラスを取って一緒にUC生と勉強したりUC学生をサポートするバディにも参加し、留学に向けて黙々と勉強していました。

▽卒業してからどのように現在のキャリアに至りましたか?

 就活をする際に、商社マンだった父とは違う仕事をしたいと考え、「自分が好きなブランドを世界の人にもっと知ってもらいたい」という気持ちから、ものづくりの世界で強いブランドを持っているメーカーを中心に面接を受けていました。そこでご縁があったのが日清食品で、お湯を入れて3分でできるカップ麺・即席麺を世界で初めて作ったメーカーの商品をさらに世界に発信していくのはおもしろい仕事だと思い、入社を決めました。

 入社してから、まず北海道での3年間の営業で商品を売ること、そして海外駐在にアメリカのカリフォルニアにあるUS本社で2年間営業企画という販売計画や生販調整業務の経験をしました。しかし海外駐在をしていた際に感じた違和感が転職するキッカケを作りました。それは駐在当初は「多くの商品を現地の消費者に食べて貰う」ために現地社員と切磋琢磨して新たな可能性を切り開いていくイメージをしていましたが、駐在員は駐在員同士で仕事・プライベートで固まり、駐在員と現地社員との交流は希薄で見えない上下関係が存在する違和感がありました。駐在手当でわざわざ高いお金を貰ってるのにやっていることは日本にいるのと何ら変わらない、という矛盾を感じ自分の中で転職する方向に進みました。駐在からの帰国後に転職活動を開始、偶然にもナイキジャパンの人事部から直接連絡を頂き、面接もスムーズに進み内定を頂きました。世界的に有名なナイキという会社で世界展開するブランド戦略や内部のサプライチェーンのスキームやノウハウ、そして世界中に社員がいる多様性のある会社で切磋琢磨できる環境があると自らが求めていた会社と思い転職を決めました。

▽今の仕事の魅力はなんですか?

 今の会社の魅力は2つあります。

 1つ目は、社員の自分たちのブランドに対する意識がとても強い点です。他のスポーツブランドの中には、100年以上前に誕生した老舗もありますが、「NIKE」という会社は1971年に誕生した後発ブランドです。それにも関わらず、売上もブランド認知度も1位まで躍り出たストーリーがあり、ブランドに対する誇りを持っている社員がとても多いです。誰も知らないスポーツブランド時代から働いていた社員たちが継承してきた「ブランドの歴史」を受け継ぐ人たちが今もいるからこそ、世界中から愛されるブランドが存在するのではないかと思っています。

 2つ目は、会社も社員を尊重し、大事にしている点です。もちろんアメリカ企業なので日本企業のような終身雇用ではなく、実力がなければ失職する世界です。

 その一方で働いている人たちにとって、年齢・立場関係なく発言できることと、自分の責任が明確に決まっている職場環境はとても理想的だと思います。もちろん自分の意見を伝える事は大切ですが、自分の発言に責任を持つことになります。自分ができるなら言葉にするべきだし、できないなら安易に発言をするべきではありません。この考え方を多くの社員が共通して持っているので、みんな意識の中で責任を持って発言する、発言に対し責任を果たせば年齢や立場関係なく受け入れてくれる土壌があります。「立場的自由=発言に対する責任」が明確になっているという意味で、この会社はとても魅力的です。

▽今後の目標はなんですか?

 もしナイキという会社に居続けるのであれば、アメリカの本社に行きたいと思っています。元々の目的である「世界展開するブランド戦略や内部のサプライチェーンのスキームやノウハウ、そして世界中に社員がいる多様性のある会社で切磋琢磨できる環境」は本社だとより実感できる上、「ナイキの核を動かしている優秀な人たちが集まる大きな箱」だと言えるので、本社に行きたいと思います。

 ただ、生涯自分がここで働いて骨を埋めるかと言えばそうは思っていません。現在は、最終的な自分の意義、自分が本当は何をしたいのかを自問している段階なので、まだ最終目標は模索中です。

▽あなたにとっての国際学部とは?

 他の大学を同時に経験したわけではないので難しいですが、1つ言えるのは「純粋に知的好奇心を育む場である」という事です。私の同級生は、最初は真っ白な状態で入学して知見を広めるうちに、それぞれのやりたい事に対する方向性決めて進んだ人が多かったです。純粋に起きている事象を捉えて、真摯に好奇心を持って学び、自らの道を進んだ学生は大学院に進学したり、NGOに行ったりしました。通常であれば就職活動をすると思うのですが、国際学部は他学部と比べて、そうする人が少ないと思います。そう考えると、知的好奇心を育てるのが上手い学部だと思います。

▽在学生へのメッセージ

 まず、自分がやりたいことについてバカになること。私は怒られたり恥ずかしい思いをするのが嫌で、起きてもいないことを考えすぎて発言・行動しない事が何度もありました。同じような気持ちを持つ学生もいるかもですが、学生の間は自己にある好奇心を止めるのは自分以外いないので、止まらないために偏見や固定観念を捨ててバカになって純粋な状態で問い詰めていく事が大事だと思います。

 次に、就職活動が大変だったなと感じています。私は卒業生との繋がりを多く持っていなかったので、情報収集がとても大変でした。だからこそ外の繋がり(インターン、自分の進みたい道の先人方など)をもっと持つべきだったなって思います。なので今国際学部で実施している卒業生のキャリア相談会は素晴らしい会だと思いますので、卒業OBOGを使い倒すぐらいフル活用して自らが進みたい道を探求してみてください。

 最後に、出会った仲間は大切にしてほしいなと思います。どこで出会った仲間でも、知り合った仲間と過ごした時間は人生で大切な時間です。そして将来色々なことがキッカケで繋がる可能性もあります。大学時代に過ごした仲間との時間は人生において何モノにも代えられない大切な時間なので、今もこれからも大切にしてください。

〇稲本淳彦

 1986年生まれ。父の駐在のため幼少期から海外で計8年過ごす。桜美林高校卒業後、浪人を経て2006年に明治学院大学国際学部国際学科に入学。3年次に明学との提携校のUC Berkeleyへ1年留学。

 国際学部卒業後、日清食品株式会社に入社。現在は転職し、ナイキジャパングループ合同会社にてオンラインストアの事業・販売計画業務を担当。

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