【私にとっての国際学部】00KS齋藤万紀子さん

取材日:2020/10/23

9月19日のYISA主催「第3回国際学部生のためのOBOGキャリア応援イベント」の相談員として参加された、卒業生で現在市議会議員として活動する、齋藤万紀子さんにインタビューしました。

▽なぜ国際学部に入ったのですか

 国語の教科書で出会った「仮面の思想」という作品をきっかけに、中学生のころから民族学に興味を持つようになりました。

 世界中の儀礼やお祭り、日本でも能などで使われ様々な役割を果たす仮面についてや、土着の文化に惹かれ、世界の暮らしや民族学を研究したいと思い、国際学部への入学を決めました。

学部生時代はどのような活動をしていましたか?

 新しい場所に行く事が好きだったので、ボランティアセンターに貼ってあるポスターを見て様々なボランティアに参加したり、NGOなどが主催するワークキャンプにも参加しましたね。フィリピンでストリートチルドレンのための学校を作るために、同じ思いを持った参加者と一緒に活動できた事はすごくいい思い出です。当時は今以上に南北問題が大きな課題でしたし興味を持っている学生も多く、申し込みが多く参加できない事もあったくらいでした。

 サークルは2つ入っていて、1つ目は校内の「エコキャンパス」。食堂の割りばしを塗り箸に替えるための運動をしたり、卒業生から家具を無料で引き取り新入生に安く販売する「リサイクル市」を開催したり、環境問題に取り組む活動をしていました。

 もう1つはインカレサークルの「模擬国連」で、明学以外の学生と知り合えた事は大きな刺激でしたね。

 もちろんバイトもいろいろしたし、いわゆる一般的な国際学部生だったと思います。

 また当時は大岩ゼミに所属していましたが、気後れしてしまい先生と熱心に話す事などほとんどできませんでした。けれど卒業後もイベントに参加したり、年賀状のやりとりを続けていた事で、立候補を決めたときは相談にのっていただくなど、現在も良い関係を築けている事は、本当にありがたい事だと思います。

卒業してからどのように現在のキャリアに至りましたか?

 驚かれる事も多いのですが、実は私は就活をしなかったんです。4年生の時は、1年間休学し、オーストラリアでワーキングホリデーを利用しファームステイをしながら持続可能な暮らしについて学ぶ、という事をしました。帰国したときは、仲の良かった子たちは皆卒業していたので、同級生からの就活のプレッシャーもなく、オーストラリアでの生活がとても充実していたので、このまま日本で社会人になろうとは考えませんでした。

 一方で、オーストラリアで過ごしているときは、万一病気にかかっても簡単に病院で診察を受けられる環境ではなかった事が強く記憶に残っていて、身体が健康である大切さを実感しました。この経験を通して、帰国後は身体について学びたいと思うようになり、卒業後は旅などをしながらお金を貯めて、身体について学ぶための医療系専門学校に入学しました。そこで国家資格である「柔道整復師」の資格を取り、20代の頃は接骨院や病院で勤めました。

 29歳で結婚し、私の地元である埼玉県羽生市で子育てをしていました。夫は自営業で私はパートという、よくある暮らしです。けれど2017年の夏、突然夫が激しい頭痛と高熱で緊急入院する事になったんです。検査の結果10万人に1人という原因不明の難病である事がわかり、夫の入院はそのまま1年半続いたんですが、当時子どもは2歳と5歳でした。だれに小さい子どもを預けて病院へ行けばいいのか、福祉のサポートがあるらしいけど申請の仕方もよく分からないし、生活費はもちろん入院費もかかるからとにかくお金がないなど、本当に突然、様々な困難に襲われる事になりました。

 夫は後遺症が残り車椅子を利用していますが、現在は退院し一緒に生活をしています。

 これまでの人生で本当に困った、とか、だれかのサポートが必要だ、と痛切に感じた事って、多分ありませんでした。けれどいつだれが「困った」状態になるのかなんて、本当にわからなんですよね。今は私の話が「他人事」だとしても、誰がいつ同じような困難に見舞われるかなんてわからないです。誰かが「何かあった時」に皆で支え合えるような仕組みの重要性を実感したし、そんなまちづくりに関わっていきたいと思い、市議会議員への立候補を決めました。

 私はもともと地元で友人たちと子どもと食に関するNPO活動をしていたんですね。畑を借りて子どもたちと大豆を育てて、その大豆で味噌づくりをしたり、エコ新聞を作ったり、イベントを開催したり。選挙の時はそういうつながりにすごく助けられたなと感じています。

現在どのような仕事をしていますか?

 埼玉県羽生市で市議会議員として、「市民の声を議会に届ける事」「みんなが主役のまちづくり」を進める事を目標に、日々取り組んでいます。先日は、コロナウイルスによる突然の休校について保護者アンケートを行い、多くの子が家での学習が思うように進まなかった事、運動不足になってしまった事、精神面で不安があった事、学校と双方向の連絡を取る事が出来ず学校に対して不信感がある事、などがわかりました。意見を取りまとめ、再開後の学校生活に活かしてもらうために教育委員会に報告書を提出してきたのですが、私自身も子育て中なので、当事者がしっかり声を上げる事、意見を共有する事の重要性を感じました。

今の日本で「女性が議員になる事」の難しさを感じられた事はありますか?

 実は羽生市は、埼玉県全63市町村の中で唯一女性議員がいない議会でした。お陰様で私は当選できましたが、現在も女性は羽生市議会で14人中私ひとりです。立候補や選挙にあたり、資金面や家族や地域の理解など、まだまだ女性が政治に関わっていく事の難しさを感じました。けれど同時に、そんな中でもしっかり声を上げていく事や、当事者としてまちづくりに関わっていく事の必要性も実感しています。クオータ性など国による制度の確立ももちろんですが、ぜひたくさんの人に(出来れば若い人に!)、地元の選挙に関心を持ってもらったり、市議の方と話すなど、政治を身近に感じてもらう事も大切だなと思います。

あなたにとって国際学部とは?

 「何でも挑戦できた場所」です。拒否される雰囲気が無かったというか、何でもやって良いよと言ってくれる雰囲気だったというか、様々な事に前向きに挑戦できた環境でした。

在学生へのメッセージ

 とにかくやりたいと思う事は全部やった方が良いです!働きだしたり、結婚したりすると、自分勝手に動く事はなかなか難しいです。旅行も、バイトも、サークルも、ボランティアも、本当に自分自身がやりたい事を、自分で選んで一生懸命に取り組める時間って、ひょっとして大学生の時だけかも。それは人生においてとても大切な時間になると思うので、やりたいと思った事、興味のある事には全部挑戦してほしいです。

 私は卒論で「出産」をテーマに書いたのですが、たくさんの本を読んで、いろんな方にインタビューさせてもらいました。この卒論に取り組んだ時間も本当に大切だったなと思います。自分の興味がある学問分野を、時間をかけて熱心に取り組める時間なんて、本当に卒論の時くらいだと思うので、ぜひたくさんの学生さんに良い卒論を仕上げてほしいなと思います!

 ちなみに私は今でも読み返すほど、自分の卒論を気に入っています(笑)節目節目で「あの時頑張って良かったな」「良い物ができて良かったな」と思える卒論が書けた事は、人生において自信につながったような気もします。学生のみなさん、ぜひお気に入りの卒論を仕上げてくださいね。

〇齋藤万紀子(旧姓:須藤)

1981年生まれ。2000年に明治学院大学国際学部国際学科に入学し、大岩ゼミに所属。4年次には、休学しオーストラリアにワーキングホリデーでファームステイを経験。

卒業後、専門学校に進学し国家資格「柔道整復師」を取得。医療現場での経験を経て、2019年から埼玉県羽生市市議会議員を務める。

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