【研究内容紹介】秋月望先生

取材日:2021/02/20

▽現在の研究内容は何ですか?

 退職してから3年経ち、授業も減り、卒論指導も終わったので時間が沢山できました。以前は朝鮮半島の近現代史、特に中国と朝鮮との外交史を研究していました。ですが、退職してからは研究の方向を変えて、今は3つの事に力を入れています。

 1つ目は、韓国/朝鮮近代の史料のデジタル化が進んでいるので、それをどのように活用できるか考えています。日本は1945年に朝鮮半島から引き揚げましたが、その時に残された資料がデジタル公開され、植民地時代の地図や資料をネットから利用できるようになっています。それらを使い、植民地時代がどのような時代だったのか浮き彫りにしたいと思っています。

 2つ目は、最近の日韓関係とも関係するのですが、植民地統治の問題です。徴用工や従軍慰安婦問題で日韓関係が悪化していると言われていますが、そもそも日本の植民地支配がどのようなものだったのか、これもデジタルデータを基に再考したいと思っています。

 3つ目は、現代の韓国社会についてです。植民地支配が終わってから75年以上経ちます。私はもう45年ほど朝鮮半島に関わっています。初めて大韓民国に行ったのは1976年です。つまり、45年間の韓国社会の変化を見てきました。その変化について、現代史の視点から再整理しておきたいと思っています。

 最近は、韓国に関心を持ち、私以上に今の韓国について詳しい人が増えているのですが、その人たちの韓国近現代史についてのイメージが不十分のような気がすることがあります。そのため、近現代の時代状況や歴史の展開などを、デジタルの視覚的な資料を多用して、ブログなどのネット中心に発信したいと思っています。

 具体的には「一松書院のブログ」というのを書いているのですが、そこでは映画の背景の紹介なども行っています。『パラサイト 半地下の家族』(2019)も紹介しているのですが、先日地上波で映画が放送された時、ブログのアクセス数が1万を超え、とても驚きました。

 これらの活動を通し、韓国文化に関心のある人に様々な情報を提供したいと思っています。

▽なぜ研究テーマの時代を変えたのですか?

 資料のデジタルが進んでいますが、その範囲は、植民地時代など、時代や地域が限られています。私が以前研究していた19世紀初めの史料はまだ十分にデジタル化されていません。そのため、20世紀から今日までの史料が多いので、少しずつ時代をシフトさせました。

 実は、私の両親は祖父母の代から植民地時代の朝鮮半島に植民者として住んでいました。朝鮮半島について研究を始めた頃、自分の身内が直接関わっていた時代はやりづらかったので(笑)、少し遡った時代の「中国と朝鮮の関係」をテーマにしていました。

 ですが、やっぱり、自分の両親の時代を復元したいと思い、植民地時代にシフトしてきました。いま思うと、もう少し早い時期にシフトすべきだったな、とも思います。

▽研究分野の魅力を教えてください。

 魅力ですか…あまり無いかも(笑)アップダウンが激しいと思います。

 私が研究を始めた頃は、朝鮮や韓国について研究している日本人で韓国語・朝鮮語ができる人は、あまり居ませんでした。ですので、研究する人が少なかった事が魅力だったと思います。希少価値(?)だった。

 2002年の日韓ワールドカップ共同開催の後、韓流ブームが始まるのですが、韓流ブームの少し前の1990年代から、少しずつ韓国について関心を持つ人が増えてきました。その時代は、韓国の文化を、一番近い文化として「自分たち(日本)の尺度で測れる」と考える人が多かったです。その中で「韓国/朝鮮の尺度で見なければならない」と強調し、異文化であるという事を強く発信する必要性を感じました。

 コロナの前(取材日:2021年2月)までは、朝鮮半島(特に韓国)も、非常に安価で気軽に往来できる地域の一つで、日本社会との「共通点」や「差異」を見つけやすい環境にありました。一見すると似たように見えるけど、どこがどのように違うのか、深堀りしていく面白さも朝鮮研究の魅力だと思います。

▽研究を志すようになったきっかけは何ですか?

 大学に入学した時は、理系の工学部で合成化学科に入りました。学生運動やワンダーフォーゲル部で山に登ったり、様々な活動をする中で、一日中実験で拘束されたり、必須科目がぎっちり詰まっている事に嫌気が差してきました。それに対して文系の学生たちは気楽そうに見えて、とても羨ましく思っていました(笑)

 途中で休学したり、合計5年間在学したのですが、結局退学しました。退学後、働きたくないのもあって、もう一度大学入学試験を受けて、1974年に文学部に入学しました。

 文学部入学後、学科を決める時、ちょうど国立大学初の「朝鮮史学科」ができ、「学生がいないだろうから気楽だろう」と考え、そこに入りました。当時は、朝鮮語を教える大学もほとんど無かったので、そもそも朝鮮史に興味がある学生もおらず、3年間ずっと学生は私1人だけでした。

 学生1人に対して、教授と助手と講師の方が授業をしてくれ、集中講義で年に2回ほど著名な大先生が来られました。朝鮮語も漢文も初心者、資料もまともに読めない。そんな私に難しい話をするので、始めの頃は訳が分かりません。ですが、3年間ほとんど同じ授業内容だったりするので、嫌でも分かっていきました。

 ゼミ形式で1時間30分の授業だと、私が発表準備をしても、20~30分が限度、残りは雑談になるのですが、そこで学んだことも多かったです。ただ、先輩も後輩も居ないので刺激が少なかったのが残念だったなと思っています。

 この学部生時代に、教授に「朝鮮史を研究してるんだから、一度現地に行った方が良い」と言われ、1976年3月に初めて韓国に行きました。

 韓国語・朝鮮語は、その当時大学では語学としての授業はなく、集中講義などで基礎をやった程度でした。1981年に韓国の高麗大学大学院に2年間留学し、その後ソウルの日本大使館で3年間ほど専門調査員として、文化交流事業などの大使館業務のサポートをする仕事をしました。結局、語学学校は2ヶ月だけで、大学院の授業や、実務の現場で韓国語がかなりできるようになりました。

 そんな時に、明治学院大学の国際学部設立の話があって、朝鮮半島の地域研究者として声を掛けてもらいましたが、幸運だったと思います(笑)

▽今後の研究目標は何ですか?

 植民地時代の歴史について、個別の事象とそれぞれの連動性などを掘り下げて、資料の使い方なども含めて発信していきたいと思っています。

 植民地支配されている人たちは「従順」を装って生活していても、心の中では、怒りや鬱憤、不満なども当然あったはずです。人間は誰しもそうですが、複雑です。単純に「親日」とか「反日」に分類できるようなものではありません。それがどのように歴史の中に投影されているのか、利用できる様々な資料から再構成して、それを多くの人に提供したいと思っています。

 ブログには、できるだけデジタルデータのリンクを貼ったりして、多くの人が「真っ当な資料を、ちゃんと見て、自分で判断する」環境を作っていきたいと思っています。

▽学部生の頃の様子を教えてください。

 私は学部生だけで10年過ごしました(笑)

 工学部の時は、学生運動が激しく授業がない事も多々ありました。また、ワンダーフォーゲル部で山によく行っていましたし、よくお酒を飲んでいました。留年や休学をした事で、学科内で居場所がなくなってしまって、学校に足が向かなくなったのかもしれません。

 文学部の時は、周りが年下の女子学生が多かったのですが、男子学生の中には、消防レスキュー隊員経験者や、大学中途退学者など紆余曲折して入学してきた学生がいて、よく酒を飲んだり、ワンダーフォーゲルOBで下級生に荷物を担がせて楽して山に登ったりしていました。

 ということで、学部生時代は山とバイトが中心で、あまり勉強中心ではありませんでした(笑)

▽学部生の間に読むべきオススメの1冊は何ですか?

 あまり人には言っていないのですが、私は紙の本を読むのが嫌い…というか、好きな本や論文を書く時の資料は読むのですが、全般的に本を読む事が苦手なんです。ひょっとしたら読字障害なのかなとも思っています。全く活字を読む事ができないわけではないので、怠慢だと言われればそうなのかもしれません。が、とにかく子どもの頃から活字が得意ではありませんでした。

 ただ、PDFや電子ブックなどデジタル化されたものの方が読みやすいことに気づいて今は自分の原稿や様々な本も、電子ブックに変換して読んでいます。

 手書きで文字を書く事も不得意で、特に自分の文字を見たくありません。

 私はパソコンが好きだ、得意だと思われて、通算8年ほど情報センター長をやっていました。昨年のオンライン授業でも、多少のお手伝いをしました。いろいろ振り返って考えてみると、パソコンが好きと言うよりは、ディスプレーを通して情報に接することの方が得意で、手書きよりもキーボードを使って書くことに執着していただけなのかもしれません(笑)

 学生にも様々なタイプの学生が居ると思うので、一人一人が自分の向き不向きに合わせて、情報を得られれば良いと思います。

 そのためにも、質が高くて信頼できる情報のネット発信や、良質な内容の電子書籍がもっと多くなることを願っています。

〇秋月望(あきづき のぞみ)国際学部名誉教授

朝鮮近現代史研究

九州大学大学院文学研究科博士課程修了。韓国高麗大学大学院留学。元在韓日本大使館・在中日本大使館専門調査員。1986年に明治学院大学国際学科に着任。

主な論文に「朝鮮植民地支配の一断面―鎌倉保育園京城支部を通して―」(2020)『明治学院大学国際学研究』第56号 明治学院大学国際学部、「十九世紀後半の鴨緑江境界と越江朝鮮人―『江北日記』を通して―」(2013)『東アジア近代史』16号 がある。

一松書院のブログ(秋月先生のブログ):https://ameblo.jp/onepine/entrylist.html

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