【教員のコラム】大川先生著『リベラルなイスラーム』紹介 後編

取材日:2021/03/11

前編に引き続き大川先生のご著書『リベラルなイスラーム-自分らしくある宗教講義』の内容紹介を、大川先生と賴先生の対談形式でお届けします。異分野を専門とする先生方の議論の行方はいかに。

<前編はこちら

▽部分的解釈と全体的解釈 第6講の内容に関して

賴先生:これまでのクルアーンの保守的な解釈というのは、第何章何節といった具合に一部分だけを見て判断していたようですね。それをサルダール(『リベラルなイスラーム』紹介されているイギリス在住パキスタン系ムスリム文化評論家)は部分的なだけの解釈ではなく、ムハンマドの考えが全体として何を目指しているのかをわかった上で解釈していこうとする姿勢を持っています。この部分的解釈と全体的解釈のテーマは、経済学の現状にも感じます。経済学者は社会全体を経済学という小窓から見ていますが、分析方法として、社会全体から貨幣現象や労働現象を切り出して、それだけを分析するようになっています。しかし、全体から労働だけを切り取ってわかったことを再び社会全体に埋め込むとそれはまた別のものになっていることがありえます。全体の中の一部と考えるのではなく、一部だけを切り取って分析するように今の学問の世界がなっているという指摘があります。それにモヤモヤを感じていて、大川先生の本を読んで人文科学にもそういう問題意識が同じようにあるんだなとわかったのが、とても面白かったです。

大川先生:ご研究と私の本の内容が、そういう結びつき方をするんですね。面白いです。

実際のところ、細かく小さく研究することが評価される、ということがありますよね。よく言われるのは、医療の分野では細かく見過ぎて体全体の調和を欠く医療になっていないといったことでしょうか。でも細かく見ないとワクチンの開発も進みませんしね。やはり全体と部分をどうつなげていくかが重要な問題です。これは、社会の動きと個人のやっていることをどうつなげているかと言う事に対しても言えますね。

賴先生:全学問に通じる哲学的なテーマが書かれていると思いました。

話が飛ぶのですが、文学の著名な先生の本に、「文学や教養を知らずに経済学をやることはすごく危険なことだと思います」(大意)と書いてあり、ドキッとするとともに、大変共感しました。決して、部分の分析が否定されるべきではないのですが、あくまで全体に対する理解があって自分はここの細かい部分を担当しています。そういうことだと思うんですね。

大川先生:ここも、全体と部分の話になってきますね。狭い所から入ってずっと狭いみたいな。それからちょっとお聞きしたいのですが、『リベラルなイスラーム』で何度か引用したアマルティア・セン(インドの経済学者)ですが、経済者としてははどういう風にとらえられていますか?

賴先生:インド生まれなので彼は壮絶な貧困を目の当たりにしています。実体験として貧困を知っている人が経済学者であるわけで、主張に説得力がありますね。  

大川先生:そこから発展してアマルティア・センは異文化や共存について考えを広げて書いていて、私はそれを読みました。スケールが大きい、学者としても評価されているということもこの本に書きました。

そういう学者がいると知ったのは私にとってもとても新鮮でした。

賴先生: 彼はケイパビリティ(潜在力)という概念を作りました。どれだけ財(福祉、公共サービスなど)があっても、その財を活用するための健康状態、家庭環境、知識や教養など(ケイパビリティ)がなければ、その財は意味をなしません。普通では出てこない考えを彼は持っています。彼は社会を実態としてわかっているからこそケイパビリティといった発想が生み出せたのだと思います。そういうのが大事だと思います。

大川先生:なるほど。経済学者のコメントが聞けてよかったです。

▽学科カリキュラムとの関係(平和、多文化社会、他者との共生、マイノリティの視点)

賴先生: 多文化社会というと、いかに自分の文化と他の文化が違うかに注目しがちですよね。指定校推薦の面接で学生さんの話を聞くと、留学に行った時に日本とアメリカの文化との違いが衝撃でしたみたいな。もうちょっと思考を進めると、日本であれアメリカであれ結局一緒のことをやっていて、それが違う現れになって出てきていることに気づくといいなと思います

大川先生:そうですね、そこが次のステージですよね。

日本だと大体みんな似たような感じなので、「違う中で共通するものを見つける作業」があまりない、必要とされてないのかもしれないですね。

本当は日本にも、スクールカーストのような分断があるようです、実際のところどうなんでしょうか。

ムスリムと共通点を探してみるとすれば、例えば私だったら、子どもの話をしたらムスリムの女性ともかなりつっこんだ話ができたりしますね。そう言った意味で自分のアイデンティティをたくさん持っていた方がより多様につながることができるのではないかと思いますし、そういうことをこの本にも書きました。

国際学部にきて10数年経つのですが、だからこそこういう本ができたと言える部分はあります。国際学部は学問領域を広めに設定して学ぶことに価値を認める雰囲気があって、平和研究やマイノリティ研究をされてる方も多いですよね。基本的スタンスには多文化共存、他者との共存ですね。まあつまり、「リベラル」です。イスラームを研究している私としても、国際学部はマイノリティ的な視点を尊重していこうという雰囲気が強く、学内での研究に対する変なプレッシャーがないので、こういう本が書けたんだと思います。東大時代の指導教官からは珍しく(笑)お褒めの言葉を頂きましたが、学会ではもっと狭くやる方が良いという見方もありますので。そういう意味では国際学部は居心地がいいので学生さんにも享受してもらいたいですね。

賴先生:枠にとらわれずに発信している先生が多いですね。

大川先生:国際学部の学生さんは、ここの外ではもっと制限されることがあると、社会に出てから気づくことがあるかもしれないです。

賴先生:チャレンジングなご研究をなさっていて、素晴らしいと思います。そういう姿勢は若い人にも見せた方がいいと思います。

▽今後のご研究

大川先生:8年くらいで本を4冊出したので、本に関しては少し間隔を開けようと思います(笑)。

賴先生:しかも子育て真っ最中ですよね。三人育てながら本を4冊書くなんて、信じられないです。

大川先生:今後の研究に関しては、キーワードは「他者」です。イスラーム教徒がクルアーン解釈をして、「他者」つまり異教徒とどう接していくか議論を展開しているので、そこに焦点を当てようかと漠然と思っているところです。

おそらく自己と他者を分けすぎない方が、共通点を見出すという意味でも今後の社会にとっていいのではないかという思いが根底にありまして。そういう思いを学問的に、イスラーム教徒は異教徒、つまり他者をどう見ているのか、それが今、どう変わりつつあるのか、をクルアーン解釈を通して見ていこうと考えています。

特に改宗者に関心があって、改宗者は自他が変わる人たちですよね。他者の領域に入ることにどういった意味があるのかを考え始めています。

賴先生:他者性って大きなテーマですね。

大川先生:経済学でも使いますか?

賴先生:経済学は他者をどう扱っているか…

大川先生:私が思うのは、経済があるからつながっているのかなと思うんですよね。これだけバラバラで他者だらけなのに、最低限の生活プラスアルファを求めているということは共通のアイデンティティで。それが経済だとするなら、政治、言語、民族、人種もバラバラなのにつながっているのは経済のおかげだと、私の文化研究の立場だとそう見えます。

賴先生:大川先生に経済学をどう思っているか聞いてみたかったんですよ。今、大川先生がおっしゃったことはその通りだと思います。他者との共生を考える上で、経済は重要な意味を持っていそうですね。

大川先生:それがなかったらつながりようがないですよね。私は、最後はそこにあると思っています。

賴先生:そうですね、誰も一人では生きていけない訳ですから。

▽受験生・在学生へのメッセージ

大川先生:私のゼミは人数に波があるんです。テロが起こると応募者が増えたり、報道が減ると応募者が減ったり。あえて私のゼミの意味を言うと、日本とかけ離れた所の発想を若いうちに体系的に得ておくと、社会に出た後にさらに他の文化と出会ってもダメージが小さいです。ゼミ生もイスラーム文化と出会うことで、こんな発想があるのですかとショックを受けることがあるみたいです。ある程度そういうショックを受けておくと、他の文化を見ても受容しやすくなるのかなと思います。頭が柔軟なうちに、違う思考回路をたくさん作っておいた方がいいということでしょうか。かけ離れたものと接しておいた方がその後の人生に柔軟性が生まれるかもしれないですね。

賴先生:日本人にとって1番わからないものはイスラームといっていいのかもしれないですね。

大川先生:最たるものかもしれませんね。

◯大川玲子(おおかわ れいこ)国際学科教授

イスラーム学を専門とし、クルアーン(コーラン)の研究を行なっている。東京大学文学部イスラム学科を卒業後、東京大学大学院人文科学研究科、イスラム学専門分野修士課程を修了。その後、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院にて修士課程修了。東京大学にて文学博士を取得。日本学術振興会研究員としての活動を経て、明治学院大学国際学部に着任。

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