渡辺京二著『逝きし世の面影』とこれからの国際法

取材日:2018/11/06

私の好きな本は渡辺京二の『黒船前夜~ロシア・アイヌ・日本の三国志〜』と『逝きし世の面影』です。

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▽『逝きし世の面影』という本

江戸時代の人々は四民(士農工商えたひにん)の様な身分制度の下、身分に縛られ農民は年貢を厳しく取り立てられていたといわれます。女性の地位も低かったというイメージも一般的です。

しかし、著者である渡辺京二は江戸時代の日本を訪れた外国人の書籍を克明に読むことによって外国人(フランス人、オランダ人、イギリス人、アメリカ人などの欧米の人たち)の目には当時の社会は必ずしもそうではなかったということを書いています。

不思議なことに外国人観察者たちは女性の実情を見て、その地位をそれほど低いとは感じなかったようです。また、確かに身分制度はありましたが、かなり弾力的なものであった様なのです。例えば武士は一番偉いところに位置づけられていますが、農民がいなければ自分たち武士は成り立たない、町人がいなければ武士がやっていけないということは分かっていたので、農民らを無下に扱っていたわけではない。

それぞれの身分でできることとできないことの範囲をはっきりさせて、あとは、それぞれの分限において自主性と人格的尊厳を保証されて人々は生きていたというのです。

今日に引きつけて最も興味深かった点の一つは、江戸時代には障害を持った人もなんの違和感もなく普通に街にいて一緒に生活していたというところです。

もう一つ印象に残っているのは、江戸時代の人々は労働をしていた時に歌を歌ったりや笑顔が絶えなかったという記述です。現代の労働では短時間の間にいかに効率よく生産するかということで時間を切り詰めてやりますが、江戸時代の人々がやっていたのはそうした「労働=work」ではなかった。切り詰めてやれば1時間で終わるものを何日もかけている様に欧米の観察者には見えたらしい。

江戸時代の人々にとって労働とは、生活の一部として主体的に取り組む生命活動であったわけです。だから、歌があり、笑顔が多かった。『黒船前夜~ロシア・アイヌ・日本の三国志〜』でもロシアの人を捕まえて取り調べする際、取り調べている人が笑顔で楽しそうに見えたことが描かれています。

それらは「近代」というものが失ったもの、欧米の人たちが失ったものが江戸にあったということでもあります。ヨーロッパでは産業革命を経て近代化が進んでいく中で、工場へ働きに行き、何時から何時、そして「1時間の間にどれだけものを作らなければいけないか」が重要視されます。そういった近代化の中で労働が非人間化していきました。欧米からきた外国人は非人間化された社会の中で生きていたので、当時の日本の情景がことのほか印象深かったのでしょう。

同様に、近代化の過程で優生思想が生まれ障害者を差別し、劣っている人間だと捉える人が多くなっていきました。現代の日本もそうです。だから、外国人観察者にとって障害者もみんな一緒に住んでいる光景が驚きの対象だったのでしょう。近代が失ったものや、近代が断絶したものがここにたくさんあったということです。

今やヨーロッパ中心の近代が行き詰まってしまって久しい。近代がもたらした地球温暖化は地球の破壊をもたらしかねません。もうこのままでは地球はだめになると多くの人が考え、このままでは滅亡するか分かっている中で、私たちはどういう生き方をしていけばいいのかということを本気で考えるべき時がやってきています。

国際法のあり方も同じで、国際法というのは近代化を支えるための法として発展した訳です。そういった意味では資源の収奪や植民地支配を国際法は認める法だったとも言えます。そういう側面を20世紀に入って少しずつ是正してきているのですが、未来の世界がどうあるのかというのは、未来の国際法がどうあるのかという点と密接に関わってきます。

近代の後の未来はどんなものなのかと想像するにあたり、近代化が断絶してきたものを見ることが大切です。それを『逝きし世の面影』に見ることができます。

もちろん、もう一度江戸時代をよみがえらせることはできませんし、やり方として過去をよみがえらせるだけではよくないと思いますが、今と違う世の中、今と違う世界や日本があったということを感じることはとても大切です。そこから今と違う世界・日本を作ることができるのではないかという想像力が広がっていくのです。

この本には、未来への想像力を働かせてくれるパワーがあります。今と違う国際法のあり方もあるのではないか、そう思えてくるのです。それはマイノリティの視点にたって国際法を見るのとつながります。マジョリティ中心の世界のあり方、法のあり方ではなくて違う法のあり方を私は探っていきたい。そのヒントがこの本にはある様に感じます。

▽この本は何に興味がある学生によんでほしいか

『逝きし世の面影』は未来を想像したい人にお勧めします。今と違う世界にはどんなものがあるんだろうと想像したい人がこれを読むと、こういう世界がかつてあったのかということを知り、異なる世界に想いを馳せられるのではないかなと思います。江戸時代のイメージが変わりますよ。

〇阿部 浩己(あべ こうき)国際学科教授

難民の国際的保護,人権の国際的保障,国際法における植民地主義

早稲田大学法学部卒業後、同大学大学院法学研究科博士課程修了・博士後期課程単位取得満期退学。米バージニア大学法科大学院修了。1990年から3年間富山国際大学人文学部で専任講師。1993年から神奈川大学法学部で助教授を6年間、教授を5年間歴任。2004年から14年間大学院法務研究科教授として教鞭をとり、その間、カナダ・ヨーク大学難民学センターで客員研究員を務め、早稲田大学で博士(法学)を取得。2018年に明治学院大学国際学科に着任。法務省難民審査参与員および川崎市人権施策推進協議会ヘイトスピーチ部会長。

主な著書に『国際法を物語る』『国際法の暴力超えて』『国際法の人権化』『無国籍の情景』『国際人権法を地域社会に生かす』『国際社会における人権』『国際人権の地平』『人権の国際化』『抗う思想/平和を創る力』『戦争の克服』(共著)『テキストブック国際人権法』(共著)などがある。