【研究内容紹介】野口久美子先生

▽現在の研究分野は何ですか?

 大きく分類するとアメリカ地域研究です。その中でも北アメリカの先住民(インディアンとも言われている)の歴史と社会を研究しています。

 先住民が歴史的にどんな経験をしてきたのか、現在どのような状況にあり、どのような問題を抱えているのか、そして、私たちはより良い社会を作るために先住民の歴史と社会からどのようなことを学べるのかについて考えています。

▽研究分野の魅力は何ですか?

 先住民はアメリカ大陸の地に長い歴史を刻み、私たちとのとは異なる独自の価値観やサイクルで社会生活を営んできたことが分かっています。

 しかし、先住民はもともと文字文化を持ちません。また20世紀初頭まで識字率も低く、文書史料を残してきませんでした。そのため、歴史記述には先住民の情報が極端に少ない。

 そこで、私たち研究者は、先住民自身(コミュニティや個人)と協力して先住民が残してきた様々な形態の史料を発掘し、そこから、これまで見えてこなかった先住民の多様な歴史や考え方、社会の在りようを掘り起こそうとしています。この過程で、新たな歴史解釈にもつながる史料や、さらには先住民の豊富な叡智に触れることができることは大きな魅力です。

▽この研究を志した理由は何ですか?

 ネイティブ・アメリカン(先住民)や女性、アフリカン・アメリカン(黒人)などのマイノリティに積極的に焦点を当てた研究は1970年代以降に活発化しました。当時、私たち(あるいは西洋社会の成員)には「普通」だと思われていた、「お金を稼ぐ」、「『正しい』家族を作くる」、「土地を所有し開拓し、自立して生きる」など、突き詰めれば「自律的な個人をつくる」という目標がもたらす様々な問題が起こるようになっていました。

 そこで、「西洋的」ではない価値観や歴史観を持つ人々、たとえばアメリカ先住民たちは、どのようなことを考え、どのような社会を築いている(きた)のかに、研究者の関心が向かっていったのです。私もその一人だったと思います。

 とはいえ、研究を始めた当初は特に、「先住民を研究する」、というより、「先住民から学ぶ」という気持ちでした。つまり、「こちら」の価値観ではなく、「あちら」の価値観の中に研究者としての身を置きたいと考えていました。「そうすれば、この閉塞した社会に何か突破口のようなものがみえてくるのではないか」と。今でもこの「学ぶ」という姿勢は大切にしています。

▽今後の研究目標を教えてください!

 1つはアメリカ先住民の価値観や哲学、思想などを掘り下げて研究し、研究成果を様々な手段で発表したり、授業やゼミで学生たちと議論したりするなかで、広く紹介していくことです。そうすることで、今、私たちが抱える様々な社会問題を考える何かきっかけを提供できればと考えています。

 もう一つは、先の質問(「研究を志した理由」)への答えともつながりますが、私のような研究者に様々な知識や情報のみならず、時にベッドや食事、そして友人を与えてくれた先住民コミュニティと真摯に向き合い続けていくことです。実は、先住民を研究することと、先住民への「暴力」とは、まさに紙一重なのです。

 かつて、多くの人類学者や歴史学者が、先住民の知的財産を「研究のため」として不当な方法で奪い、利益を得てきました。一方、元来の「与え尽くし」の精神で、研究者に協力したがために、不当なステレオタイプ化や商業主義の被害にあうのは、研究に協力した先住民社会の方でした。

 こうした過去の教訓から、絶対的に「研究者不信」にある先住民社会で研究をすることは、その言葉以上の大きな覚悟や倫理感が求められると考えます。研究者も研究をする人も人間ですから。

 とはいえ、今の私にそのどちらも十分に備わっているかと問われれば自信がありません。せめて、目の前にある先住民社会ととことん向き合いながら、私のではなく「私たちの研究」にしていくこと、それと同時に、研究を通してどのようなような貢献をできるのかを考えることも必要だと感じています。

研究の目標というより、研究者としての目標になってしまいました。

▽学生時代はどんな学生でしたか?

 特に、勉強が好きだったり、大学院に進みたかったりしたわけではないのですが、とにかく現場主義でした。夏休みや春休みのたびにインディアン保留地に出かけていました。あえて保留地近くの学校に短期留学したり。

 もちろん、先住民に関する本も読みあさりました。そもそも、私と先住民の出会いは16歳のときで、以後、その社会にとりつかれました。

 当時、初めてネバダ州に住むネスパス・インディアン社会を偶然訪れた私は大きな衝撃を受けたのです。小学生の頃に完成した東京ディズニーランドの大ブーム、マイケル・ジャクソンという巨大なポップ・スター、ハリウッド発のアメリカ映画産業など、私たちの世代にとって、当時のアメリカは文化的、思考的にかなり大きな影響を受ける存在、単純に言えば「憧れ」だったと思います(少なくとも私にはそうでした)。

 しかし、そのアメリカに住む先住民はとても貧しく、閉鎖的な生活を送り、その中でアルコール中毒者や肥満者も大勢いた(今でも多いですが)。

 1990年代の先住民社会は、彼ら自身が「どうすればいいかわからない」ほどに荒廃していたのです。「豊かな」アメリカの中にあってこの先住民の惨状はどう理解すればよいのか、先住民はなぜ「アメリカ人」に「なれない」のか、あるいは故意に「ならない」としたらなぜなのか、そんな漠然とした疑問を持っていたと思います。問いが大きすぎて大学4年間では答えが見つけられず、大学院に進学し、現在に至っても奮闘中です。

▽学生の間に読むべきおススメの1冊

ジャック・M・ウェザーフォード著、小池佑二訳『アメリカ先住民の貢献』(パピルス、1996年)―現代社会の成立にアメリカ先住民の技術と文化がもたらした影響を世界史的な視点で描いている本です。みなさんの知的好奇心を大いに刺激くれると思います―

(取材日:2018/11/08)

〇野口 久美子(のぐち くみこ)国際学科准教授

アメリカン・インディアン(アメリカ先住民)史/アメリカ史/アメリカ地域研究

カリフォルニア大学アメリカ先住民研究アメリカ先住民史博士課程修了。先住民学博士。立教大学文学研究科博士課程、史学博士課程。立教大学文学部史学科兼任講師や同志社大学アメリカ研究所助教を経て2015年明治学院大学国際学部国際学科に着任。

著書に『「見えざる民」から連邦承認部族へ―カリフォルニア先住民の歴史』(彩流社、2015年)、共訳書に『11の国のアメリカ史』(岩波書店、2017年)などがある。