取材日:2018/12/4
<「身近になった在日ネパール人:その2 送り出し国ネパールの状況」はこちら>
▽最近、日本でネパールの国旗を見かけるようになりました。
そうですね。三角形を二つ重ねたような形(図1)をしていて、世界で唯一矩形ではない国旗なので、目立っています。香辛料の香りが中から漂ってくるネパール料理屋の目印のようになっています。それにインド料理と看板に書いてあっても、ネパール料理を出すところ、つまりネパール人が働いているお店ではこの国旗を掲げるところがあるようです。
図1 ネパールの国旗
ネパール料理のお店は現在東京に約600店舗あり、特に集中している新大久保駅近くの大久保通り沿いに30店舗くらいあります。新大久保には料理屋だけでなく、ネパール料理に欠かせない香辛料をはじめとした食材やお祭りに必要な道具、携帯電話、ネパールの歯磨き粉まで日用品を売っている雑貨屋や送金屋も見かけます。
送金屋というお店には馴染みがないかもしれませんが外国へお金を送るお店で、看板にMoney TransferとかRemittanceと書いてあり、そこにもネパールの国旗を見かけることが多いです。どの国に送金できるか、国旗を見れば分かりますよね。
国旗の目印はありませんが、コンビニの店員としてアルバイトをしているネパール人に出会うことや、電車やバスの中でネパール語を耳にする機会も増えました。日本で暮らす私達にとってネパール人が身近な存在になってきたことを実感します。2018年6月のデータでは日本における320万人の在留外国人のうち8万7千人がネパール人で、国籍・地域別でみると8番目に多く、南アジア系の人としては最多となっています(法務省在留外国人統計)。
▽なぜネパール料理屋が増えたのでしょうか?
ネパール料理が好きな日本人が増加した、つまり日本人の嗜好が変わったから、とは思えないですよね。実は在留資格が大きな要因になっていると考えられます。
ネパール料理の調理師が増えた経緯を簡単にお話ししましょう。1980年代に日本でエスニック料理が流行り始めた頃、インドでインド料理屋を経営していたインド人が、インドのお店で雇用していたネパール人を日本に連れてきたのが始まりと言われます。
ではなぜインドの料理屋にネパール人がいるのでしょうか?それは、ネパールよりも経済発展しているインドに働きに行くネパール人が昔から多かったからなんです。インド人に日本へ連れてこられたネパール人がやがて独立してインド料理屋、それからネパール料理屋を開業するようになりました。ネパール人経営者は、お店を経営するために調理師を2~3人呼び寄せることができます。借金をしてでも手配料を支払い、調理師として日本で働きたいネパール人は少なくないので、調理師を探すことはさほど困難ではないでしょう。経営者が何人か調理師を呼び寄せると、その手配料や料理屋の稼ぎでまた新たな店舗を開業することができ、こうしてネパール料理屋が増えていったのです。
因みに、日本ではネパール料理とインド料理の違いはあまり明確ではありません。タンドール(壺型のオーブン)で焼くナン(発酵パン)はインド料理なのですがネパール料理屋でナンを出すところもありますし、インド料理屋でもネパール料理のモモ(小籠包のようなもの)を出すところがあります。モモを出すお店であれば、ネパール人調理師が働いていると考えられます。ただ、日本のネパール料理といっても日本人向けに色々工夫が凝らされていることがあるので、ネパールのネパール料理を味わいたければ新大久保等にあるネパール人がよく行くお店をお勧めします。
▽ネパール料理屋で働く以外に、ネパールの人は日本で何をしているのでしょうか?
日本にいるネパール人は、20代から30代にかけての層が厚く、男性の方が女性よりも多い傾向にあります(法務省在留外国人統計)。ネパール人の在留資格のうち留学が最も多いことから、若い人が多くなります。また、先ほどお話しした調理師の殆どが男性なので、男性が多くなります。もちろん留学生や調理師として来日した人々が家族を呼び寄せるので、その同年代の女性も多く滞在しています。
留学生として来日するネパール人は、事前に12年間の教育を修了する必要があり、ある程度の日本語力も必要となります。来日したらまず日本語学校に入学して日本語を修得しますが、卒業後多くの人が専修学校に入ります。
ネパールでは日本は留学先として最も人気の高い国なのですが、日本で短大や大学に進学する人は20%もいないことから、皆さんがイメージする留学とは少し違うことが分かります。
では、なぜ日本を留学先に選ぶのでしょうか?それは、留学資格で滞在することが他国に比べて比較的容易であるからだといえます。そうはいっても、ネパールから留学生として来日し、生活するには経済的に容易ではありません。
ただ、留学資格でも資格外活動で原則1週28時間のアルバイトが認められているので、学費や生活費を稼ぎながら滞在することは可能です。中には、自身の必要経費以上に稼いで、ネパールにいる家族に送金している人もいます。
▽調理師や留学目的で来日する人が多いのですね。その他にどのような目的で来日する人が多いのでしょうか。
目的別に見ると留学が最も多いのですが、先ほどお話しした調理師や留学生が呼び寄せる家族滞在という在留資格が2番目に多くなっています(図2)。この家族滞在者にも資格外活動が認められるので、アルバイトをすることが可能になります。
もちろん家族が一緒に暮らすことが目的ですが、日本で生活する経費を稼がねばなりません。それ以上に稼いで、帰国する時のために貯金したり、ネパールにいる他の家族にお金を送っている人もいます。
図2 在留ネパール人の資格・目的別割合(2017年12月)
法務省在留外国人統計
日本で生活するネパール人は、コンビニや飲食店でアルバイトをしたり、農家や工場で働いたりします。調理師の夫よりも家族滞在者の妻の方が、たくさん稼ぐこともあるそうです。
在日ネパール人について、数年前にメディアでよく取り上げられていましたが、難民認定申請者が多いことも特徴となっています。2015年と2016年は、日本で難民認定申請をした外国人の中で、ネパール人が最も多く、話題になっていました。難民認定申請後、6か月経てば特定活動という資格で生活費を稼ぐ活動が認められています。
来日の目的はともかく、日本で働くネパール人が多いことが分かったと思います。実は就労目的で来日する外国人の中で最も多いのは技能実習という在留資格になります。技能実習生は2018年6月時点で日本には約28万6千人いるのですが、ネパール人は200人にすぎません(法務省在留外国人統計)。
▽在留資格という言葉がよく出てきますが、在留資格とは何でしょうか?
在留資格とは、外国人がある一定期間日本に居住することについて法が定める資格のことです。在留資格には色々な種類があります。日本で勉強するとか調理師として働くといった活動に対して認められるものと、日本人の配偶者として、また永住権を取得して日本に居住するというように身分や地位に対して認められるものがあります。
それぞれの在留資格で認められた活動をしなくなったり(留学目的で来日したのに学校をやめるとか)、身分・地位が変わったりすると、在留資格を変更しなければならなくなります。調理師がもし調理師をやめて他のこと(勉強をするとか、起業するとか)をしようとしたら在留資格を変更しなければなりませんし、留学生は勉強することが目的なので、欠席が多かったり成績不振だと在留資格が取り消されることもあります。
▽そういえば入管法が改正されるというニュースを見ましたが、改正されたら在日ネパール人に影響はあるのでしょうか?
今国会で議論されている入管法の改正案は、単純労働を含む外国人労働者の受け入れを拡大する方向で進んでいます(2018年12月に改正案が閣議決定されました)。特定技能という新たな在留資格を創設し、具体的には、最長5年の技能実習を修了するか、技能と日本語能力の試験に合格するといったある一定の技能を持った人に通算5年の在留資格を認める特定1号と、高度な試験に合格して熟練した技能を持つ人に認められ、在留期間を何度でも更新できる特定2号の二種類があります。
特定2号の場合は家族を呼び寄せ日本で一緒に暮らすことが可能なので、「移民政策」ではないかという慎重論が出されていますが、政府は「移民政策ではない」と反論しています。
これまでお話ししてきたように、資格外活動でアルバイトをするネパール人が今のところ多いのですが、就労目的で来日するネパール人が増加するだろうから、先ほどお話ししていた在留資格構成も変わるでしょう。この入管法改正は日本の人手不足が背景にあるので、可決されたらネパール人だけでなく外国人労働者が大幅に増えることになります。
そうなれば、受け入れ側の日本社会の枠組みも変わらざるを得なくなりますね。既に多くの移民を受け入れている欧米先進国で、その社会で移民をいかに包摂するのかという問題(排除はその問題のもう一つの側面です)が深刻化していますが、こうした問題が私たちにとってより身近な問題になってくるでしょう。
本記事の後編は>>身近になった在日ネパール人:その2 送り出し国ネパールの状況
〇森本 泉(もりもと いずみ)国際学科教授
人文地理学/ネパール地域研究/トゥーリズム現象、及び移動をめぐる社会文化的変容
お茶の水女子大学文教育学部地理学科卒業。同大学院人文科学研究科地理学修士課程修了。同大学院人間文化研究科比較文化学専攻を単位修得満期退学、博士(社会科学)。2001年に明治学院大学に着任し、現在は教授として人文地理学、地誌概説、南アジア地域研究などを担当する。日本地理学会、人文地理学会、南アジア学会、観光学術学会など複数の学会に所属。
著書に『ネパールにおけるツーリズム空間の創出』などがある。