特集 徴用工判決 中編:韓国の司法判断は異常か?〜個人の請求権と誰が為の国際法〜

「特集 徴用工判決 中編:韓国の司法判断は異常か?〜個人の請求権と誰が為の国際法〜」

2018年12月20日に明治学院大学国際学部国際学科の阿部浩己先生と明治学院大学教養教育センターの鄭栄桓先生をお招きし、徴用工問題に関する座談会を開催しました。

この記事の前編は>>「特集 徴用工判決 前編:元徴用工とは?」

▽日本政府の3枚舌と個人の請求権

阿部:

日本が「国際法上あり得ない」と言及しているのは、(鄭さんが先にまとめたように)韓国の元徴用工らが動員政策を通じて過酷な労働を強いられたことに対して損害賠償を企業に求め、そしてその訴えを裁判所が認容し、賠償を命じることに対してです。

実は、第二次世界大戦期に損害を被った人たちの中には日本人も多くいます。しかし、日本政府がサンフランシスコ平和条約で戦争中に生じた損害についての請求権を放棄したので、被害者の請求権はなくなってしまったと思った日本の人たちは、損害を与えた相手国を訴えられなくなったのだから、代わって、本国である日本を訴えることにしました。例えば、カナダで財産を取り上げられてしまった人がカナダを訴えられなくなったのだから、代わって日本政府に補償してもらう、あるいは、原爆の被害者がアメリカを訴えられなくなったのだから、代わって日本政府に補償してもらう、という具合です。それに対して日本政府は「サンフランシスコ平和条約によってなくなったのは国家の請求権であり、個人が損害賠償を請求する権利は残っている。したがって、外国政府を直接訴えることができるのだから、日本が訴えられるいわれはない。個人の請求権はサンフランシスコ平和条約によっても放棄されていない」と言ってきました。

その主張がブーメランのように日本政府に返ってきたのが1990年代です。アジアの戦争被害者たちが半世紀近くの沈黙を破り、日本政府や日本企業に対して訴えを起こしたのです。こうして、多くの戦後補償裁判が行われることになりました。日本政府としては、個人の請求権は放棄されているのでそもそも訴えを起こすことはできない、と主張したかったのでしょうが、日本人に対してサンフランシスコ平和条約で放棄されたのは国家の請求権のみであり、個人の請求権は残っていると主張してきたために,さすがにそれは言えませんでした。

ところが1999年に、アメリカのカリフォルニア州において、強制労働の被害者たちが企業を訴えることを認める内容の法律ができ(「戦時強制労働補償請求時効延長法」別名:ヘイデン法)、ドイツの企業に加えて,日本企業も訴えられることになりました。その裁判において、日本政府はアメリカ政府と立場を同じくして、「サンフランシスコ平和条約により個人の請求権は放棄されている」とカリフォルニア州の裁判所に意見書を出したのです。そのため、日本国内では個人の請求権が残っていると言い、アメリカでは個人の請求権はないと主張するといった矛盾が生じてしまいました。その矛盾を打開するために、新たな主張が日本でもなされるようになりました。それは、「請求権の放棄とは,請求に応ずる法律上の義務が消滅したものとして、これを拒絶できることを意味する」というややこしい内容のものです。「個人の請求権はなくなっていないが、政府としてはこれに応ずる義務はない」というわけです。「救済なき権利」ということであり、こうした理屈を作り出して辻褄合わせをしたのです。日本の下級審はそれでも個人の請求権の存在を認めてきたのですが、最高裁判所は2007年に日本政府に寄り添う形で(しかし、微妙に異なる形で、)サンフランシスコ平和条約により放棄された個人の請求権とは救済を求めて裁判に訴える権利を意味する、として、被害者が裁判に訴える法的回路を実質的に閉ざしてしまいました。しかし最高裁の理屈は、あくまで裁判では請求できないといっているだけであり、裁判外で損害賠償を求める権利はなくなっていない、というものでした。

日本政府は国民に対して個人の請求権は残っていると主張し続け、21世紀に入ると個人の請求権は残っているが、応ずる義務がないと主張を変更したわけです。しかし、少なくとも21世紀に入るまでは、韓国の裁判所が言う通り日本政府もまた個人の請求権の存在を認めていたのです。もし、韓国の司法判断が誤りであるというのであれば、日本政府もまたその「あり得ない」主張を長年にわたってしてきたことの誤りを認めてしかるべきでしょう。なにより、日本の最高裁も個人の請求権がなくなってしまったとは言っていないのです。安倍政権は日本政府が自ら長期間にわたって行ってきた主張を全く省みず、また、マスコミも日本政府が日本の裁判所でどのような主張をしてきたのかを社会に知らせようとしません。最高裁の判断を改めて伝える報道もしてくれません。これでは、安倍政権の広報機関そのものにも等しいのではないでしょうか。

日本と韓国の裁判所の判断において、一致している所と一致していない部分があると考えます。しかし、行政府のレベルでは対立しているように見えます。だからこそ、日本政府は過剰なほどの対応を見せているのでしょう。ただ、きちんと理解しておくべきことに、韓国の司法判断の基本には、1965年の日韓請求権協定は日本による植民地支配に直結する問題を扱っていないという認識があります。日本政府も実はこの点では同じ認識なのです。だとすれば、植民地支配に起因して生じる損害賠償問題について日韓請求権協定で処理済みとすることは,両国政府の共通認識として当初から現在に至るまで、そもそもあり得ないということになるのではないかと私は考えます。そして、徴用工の処遇がそのような問題として定式化されるのであれば、まさに韓国大法院のいうように、そもそも請求権協定の対象外なのだから、個人の請求権はもとより、国家の請求権も放棄されていないということにもなるのではないでしょうか。

〇阿部 浩己(あべ こうき)国際学科教授

国際法,国際人権・難民法

早稲田大学法学部卒、同大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(法学)。米バージニア大学法科大学院修了。富山国際大学人文学部,神奈川大学法学部・法科大学院を経て,2018年に明治学院大学国際学科に着任。現在,法務省難民審査参与員および川崎市人権施策推進協議会ヘイトスピーチ部会長。

主な著書に『国際法を物語るI』『国際法の暴力を超えて』『国際法の人権化』『無国籍の情景』『国際人権法を地域社会に生かす』『国際社会における人権』『国際人権の地平』『人権の国際化』『抗う思想/平和を創る力』『戦争の克服』(共著)『テキストブック国際人権法』(共著)などがある。

〇鄭 栄桓(チョン ヨンファン)明治学院大学教養教育センター准教授

朝鮮近現代史、在日朝鮮人史

日本生まれ。明治学院大学法学部卒。一橋大学社会学研究科博士課程修了(社会学博士、2010年3月)。青山学院大学非常勤講師、立命館大学コリア研究センター専任研究員を経て現職。

著書に『朝鮮独立への隘路 在日朝鮮人の解放五年史』(法政大学出版局)、『忘却のための「和解」 『帝国の慰安婦』と日本の責任』(世織書房)、論文には「対馬在留朝鮮人の「解放五年史」:在日本朝鮮人連盟対馬島本部を中心に」などがある。