特集 徴用工判決 後編:今後の日韓関係

「特集 徴用工判決 後編:今後の日韓関係」

2018年12月20日に明治学院大学国際学部国際学科の阿部浩己先生と明治学院大学教養教育センターの鄭栄桓先生をお招きし、徴用工問題に関する座談会を開催しました。

この記事の前編は>>「特集:徴用工判決 前編:元徴用工とは?」

この記事の中編は>>「特集:徴用工判決 中編:韓国の司法判断は異常か?〜個人の請求権と誰が為の国際法〜」

▽今後の望まれる日本政府の対応とはどういったものか

阿部:

日本の司法判断は非常に保守的で、行政エリートと同じメンタリティに支配される傾向が強い。個人よりも既存の国家秩序を大切にするという世界観です。国際法学は国家権力に寄り添う形で発展してきた側面があるため、個人ではなく国家の利益を重視する観点から、個人の請求権が全て消滅していると認識している研究者が多くいても、私としては特段驚くものではありません。しかし、現代の国際法は国際法学者や司法・行政エリートのみが担っているわけではなく、今や一般市民やNGOが国際法の重要な担い手になっています。その中で、国連の人権保障システムも進化を遂げ,人間の利益に沿って法を解釈するべきだという潮流が非常に強くなっています。国家ではなく人間中心の国際法の台頭です。

今後の日韓関係を考える際にはこういった新しい潮流を踏まえていくべきであると考えます。歴史的不正義を是正するために過去から未来に向けて正義の射程を伸ばしていく考え方(阿部先生はこれを”Trans-temporal Justice”と呼ぶ)が国際法に入ってきています。また、国際人権法の深まりに伴い、Victim Centered Approach(被害者中心のアプローチ)の考えのもとで現代の国際法は再解釈される必要もあるのですが、こうした考えに基づくと、(鄭さんも言及していましたが、)戦争犯罪や過去の重大な不正義の問題は、これまでのように過去の問題として放置しておけばよいというわけには到底いかなくなります。「慰安婦」や徴用工の問題に対して、国家ではなく人間の利益を実現する方向で日韓請求権協定を解釈していくことこそが21世紀の国際法的潮流に合致する日韓関係のあり方なのではないでしょうか。国家の利益を実現するのではなく、人間の利益を実現するために外交をどうするべきかという考えに転換していかなければ、持続可能な国家間関係、あるいは国際社会にふさわしい日韓関係を築くことはできないのです。

先ほど鄭さんが21世紀に入ってから韓国において情報公開が進んだと仰っていましたが、官民共同の委員会ができたのも委員会の存在が重要だと国民が認識し始めたからです。慰安婦も含め韓国の多くの若者たちは正義を求めて声を上げているわけです。

また、韓国の若い裁判官たちは国連の場に足を運び、国際的な交流に積極的に参加し、国際社会から自分たちがどう評価されているかをとてもよく聞いています。だからこそ、世界的潮流を司法判断に活かすことができるのです。一方で、日本の裁判官はそういったことを全く行わず非常に閉ざされています。

そういった意味では運動の力、また世界に自らを開いていくことの弱さが韓国の司法判断と日本の司法判断または行政府の違いに反映されているように思えますね。

鄭:

先ほど阿部さんが報道の問題を仰っていましたが、私も同感です。最近の徴用工判決以降の報道は「日韓関係の火種が増えていく」といった表現がよく使われます。例えば2018年10月31日付けの朝日新聞の見出しには「徴用工 日韓 また火種。解決済みまたひっくり返す」と書かれています。そもそも、ほとんどの報道機関が、原告がどういった人たちなのか、どんな被害を訴えているのかを詳しく報道していません。被害者の視点がまったく欠落していて、徴用工を日韓の政府間の外交問題としてのみ報じています。最近になって違った報道もありますが、多くの国民がその認識を植えつけられるという点で判決後最初の報道というのは非常に重要なのです。

今回の新日鉄住金を相手にした裁判も元々は日本で裁判が始まり、敗訴後に韓国で裁判をして、原告は亡くなっています。最初の釜石製鉄所の裁判(釜石裁判)が行われたのは1995年で、新日鉄の大阪製鉄所の裁判は1997年なのでもう20年経っているわけです。戦後半世紀経って起こった訴訟が20年の月日を要して韓国の裁判所が下した判断に対して「なぜそのような判断を韓国の司法が下したのか。原告はどんな人物なのか」を批判する前に立ち止まって考えなければいけませんし、(阿部さんが仰ったような)不正義がなぜ長らく裁かれず、補償されて来なかったのかを考え、戦後史を自らが見直すことが必要になってきます。

また、日本はこの慰安婦問題や朝鮮人強制連行といった問題に向き合うことを通じて、大日本帝国という存在を「相対化」し、縁を切らなければいけないと考えます。大日本帝国がおこなった植民地支配あるいは戦時強制連行、慰安婦問題を、戦後の日本は向き合おうとせず、むしろ現在でも多くの市民たちは自らと戦前の国家を同一化する思考から逃れられていません。多くの人は大日本帝国時代のかつての蛮行を韓国から批判されると自分が韓国から批判されていると感じる。あたりまえのように国家、しかも戦前の国家と自らを同一化させるのは、非常に異様で恐ろしいことです。むしろ、大日本帝国の戦争責任と植民地支配責任、そして戦後の日本が果たさなかった戦後責任を、日本国家の構成員たちが、果たしていくというのが重要なのではないでしょうか。


推奨文献

・吉澤文寿『日韓会談1965』高文研

・山田昭次、古庄正、樋口雄一『朝鮮人戦時労働動員』岩波書店


〇阿部 浩己(あべ こうき)国際学科教授

国際法,国際人権・難民法

早稲田大学法学部卒、同大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(法学)。米バージニア大学法科大学院修了。富山国際大学人文学部,神奈川大学法学部・法科大学院を経て,2018年に明治学院大学国際学科に着任。現在,法務省難民審査参与員および川崎市人権施策推進協議会ヘイトスピーチ部会長。

主な著書に『国際法を物語るI』『国際法の暴力を超えて』『国際法の人権化』『無国籍の情景』『国際人権法を地域社会に生かす』『国際社会における人権』『国際人権の地平』『人権の国際化』『抗う思想/平和を創る力』『戦争の克服』(共著)『テキストブック国際人権法』(共著)などがある。

〇鄭 栄桓(チョン ヨンファン)明治学院大学教養教育センター准教授

朝鮮近現代史、在日朝鮮人史

日本生まれ。明治学院大学法学部卒。一橋大学社会学研究科博士課程修了(社会学博士、2010年3月)。青山学院大学非常勤講師、立命館大学コリア研究センター専任研究員を経て現職。

著書に『朝鮮独立への隘路 在日朝鮮人の解放五年史』(法政大学出版局)、『忘却のための「和解」 『帝国の慰安婦』と日本の責任』(世織書房)、論文には「対馬在留朝鮮人の「解放五年史」:在日本朝鮮人連盟対馬島本部を中心に」などがある。