身近になった在日ネパール人:その2 送り出し国ネパールの状況

取材日:2018/12/4

<「身近になった在日ネパール人:その1 受け入れ国日本の状況」はこちら

▼在日ネパール人が増えてきたということは、ネパールの人々が国外に出ていくということですよね。では、なぜネパールの人々は国外に出ていくのでしょうか?

 ネパール人が外国に行く主な目的は、観光ではなく就労です。つまり、ネパール人が渡航する最大の理由はネパール国内に仕事がないから、より正確にいうと他国で働くよりも稼げる仕事が少ないからです。

 ネパールは、1人当たりGNI(Gross National Income)が年間で千ドル(日本円で10万円ちょっと)に満たず、世界最貧国に位置付けられています。日本であれば、学生でも1か月アルバイトしたら稼げなくない額ですよね。この違いを知ったら賃金の高い外国で働きたくなる気持ちが分かると思います。

 他方で、自国に仕事がないだけでは外国に働きに行くようになりません。日本だけでなく世界的に人手不足で労働市場が開放されるようになったこと、それから交通機関の発達により人の移動がより容易になったことも、人々を国外に誘う要因となっています。

▼ネパールにはヒマラヤ山脈があって観光産業が発展すると思われるのに、人々に雇用機会を提供できるような産業はないのでしょうか。

 観光産業に限らず、産業の開発が困難な理由がいくつか考えられます。まず観光産業開発が困難な状況について、世界最高峰を擁するヒマラヤ山脈は観光資源として非常に貴重ですが、治安が悪いと人の足が遠のきます。ネパールでは1990年代に共産党毛沢東主義派(当時)による反体制闘争が始まり、内戦が10年間続きました。この「人民戦争」(1996~2006年)が終結して、世界で唯一のヒンドゥー王国であったネパールが世俗化し、連邦民主共和国になりましたが、現在も体制転換期にあるといえます。

 20世紀末に観光産業が基幹産業に位置付けられて少しずつ入国者数を増やしてきたのですが、「人民戦争」で低迷し、2001年に王宮事件が起きたのをきっかけに激減しました。2002年から持ち直しつつあったのですが、2015年に大きな地震があってまた激減しました(図1の入国者数参照)。

 このような政情不安や自然災害をきっかけに入国者数が減り、その安定的な開発は容易ではありません。他方で、「人民戦争」が起きてから出国者数は右肩上がりに増加しています(図1の出国者数参照)。

図1 ネパールにおける出入国者数推移

(Nepal Tourism Statisticsより作成)

 それから、他の産業開発の可能性についてですが、ヒマラヤ山脈に位置するという地理的条件、つまり内陸であることからバングラデシュのように輸出を前提とした工業開発は難しいといえます。かつて絨毯産業や既製服産業が主要産業として期待されたことがありましたが、港湾がないので輸送にコストがかかります。

 しかも絨毯や既製服は重たいので、飛行機で運ぶと人件費が安くても販売価格が高くなってしまいます。さらに、山脈の斜面に位置するので平地が少なく、効率の良い大規模な工業開発や農業開発を進めるのも困難です。

 このようないくつかの理由が重なり、国内で雇用機会を創出する産業開発が難しく、国家が他国と二国間協定を結んで出稼ぎ者を送り出すようになりました。現時点では、出稼ぎによる外国送金がネパール経済の重要な柱になっています。

図2 ヒマラヤ山脈 ニルギリ

▼ネパールから外国に行くのは簡単なのでしょうか?

 簡単とは言えません。外国に行くにはまずはお金が必要になります。日本に技能資格で渡航するには、調理師としての経験に加えて、渡航する手配料として日本円で100~200万円の費用がかかり、たいていの場合借金して行きます。

 先ほどお話ししたように、ネパールの1人当たりGNIが千ドルに満たないということは、ネパールで100万円を稼ごうと思うとなかなか大変であることが分かります。親類縁者や友人、それから金融機関、あるいは渡航手配をしてくれる経営者に借金をして渡日し、何年間か働いてその借金を返済します。

 留学の場合は、少なくとも12年間の学歴と日本語能力が必要になるので、まず留学資格を得るための条件をそろえるのにお金がかかります。日本への留学を手配してもらうのにもお金がかかります。ネパールの中である程度の資金力・借金力がある人でなければ、出国できません。マレーシアや中東諸国への手配料を含む渡航費は十~数十万円と低く抑えられるので、ネパールからマレーシアや中東諸国に向かう人々が圧倒的に多いです。

▼出稼ぎによる影響はどのように社会に現れているのでしょうか。

 人々の暮らしが物質的に豊かになったことを実感します。首都カトマンドゥについていえば、シネコンやショッピングモールができ、人々の生活様式も変わったといえます。

 例えば、かつては成人女性の装いはサリー姿が圧倒的に多かったのですが、現在サリー姿の女性を見つけるのが困難になっています。また、自動車が増加して渋滞が深刻化しているので、街中を牛が自由に歩けなくなっています。携帯電話が必須アイテムになり、文字の読み書きができない人でもスマートフォンを操り、気軽に外国にいる親類縁者や友達と繋がっているのを見かけます。

 電気があまり来ない農山村でも、パラボナ・アンテナつきの立派な家が増え、テレビや冷蔵庫等の電化製品を持つ人々が増えてきました。人々の話の中に、マレーシアだとかドバイだとか、外国の地名が頻繁に出るようになり、グローバル化が人々の日常生活に浸透していることを感じます。

他方で、特に農村部ですが若者がいなくなり、耕作放棄地が目立つようになりました。また、家族が遠く離れて住むことで、祭りの時に家族がみな集まってお祝いをする機会が減り、祭りを維持するのも困難になってきていると聞きます。家族単位でみると、外国生まれ・育ちの子供たちと、祖父母の間で言葉が通じないといったコミュニケーション・ギャップの問題が生じています。

▼家族関係にも影響があるのですね。家族関係が希薄になるようなことはありませんか?

 家族関係への影響は色々な場面に現れています。父親が単身で出稼ぎに行く場合、子供達の成長を身近で見守ることはできなくなりますね。ただ、携帯電話のお陰で、毎日モニターを見ながら会話をしている家族もいます。

 また、ネパールでは、日本のような核家族でおさまるような家族関係ではなく、日本でいうところの遠縁の親族とも近い関係にあってよく交流しているのですが、こうした親類縁者が直接会わなくなって関係が希薄になった一方で、さらに遠縁の親族を頼って外国に行くこともあります。家族関係の変化は社会変化とも関係していて、世代間でその感覚はだいぶ違うようです。

 家族関係について、携帯電話による新しい可能性がみられます。私の友人の息子はノルウェーにいるのですが、この度ネパールに一時帰国して結婚したと聞きました。ノルウェーにいながらFacebookでお相手となる女性を彼の出身村の近くで探し、結婚することになったのです。

 別の知り合いの娘も、日本に出稼ぎに行っているネパール人男性とFacebookで知り合って結婚しました。後になって知ったそうですが、相手の男性はFacebookの写真が本物かどうか、自分の母親や叔母に頼んで実物を見に行ってもらったそうです。母親から写真より実物の方が良かったと聞いて、積極的にアプローチして結婚に至ったとのこと。このようなFacebook marriageは、新しい家族関係の構築と言えると思います。

▼先ほど農村に耕作放棄地が目立つようになったと伺いましたが、若い人が国外に流出することへの問題意識はあるのでしょうか。

 あります。ネパールにおいて、農村部の高齢化、過疎化が大きな問題となっています。出稼ぎに行く人が増える一方で、肉体的にきつい農業や牧畜業を継ぐ人々が少なくなっています。また、農村から出稼ぎに行ってある程度お金を稼ぐと、できるだけ便利なところに家を建てるようになります。そのため、都市部に人口が集中して過密化が進んでいることが大きな問題となっています。

 継承されないのは農業や牧畜業だけでなく、祭りなどの伝統行事も変わってきています。ヒンドゥーの最大の祭りが秋にあるのですが、その時にはヤギや水牛を神に捧げるためにサクリファイスするのですが、短刀で首を断ち切る体力のある若者がそもそもいないので、従来のような祭りをすることが困難になっています。

 ただ、最近ではネット通販でサクリファイス済みの食肉が売られているので、それを購入することは可能です。その他にも伝統行事や文化を継承する人が減ってきているので、保全活動が行われるようになっているものもあります。

 若い人が流出することによる最大の問題は、国づくりを担う若者が育たないということでしょうか。外国の生活が長期化して、そのまま市民権を得てネパールに戻らない人もいます。今後、出稼ぎ者がさらに増えていくと思いますが、ネパールがどうなっていくのか、受け入れ側の日本社会の変化とともに注目していこうと思っています。

本記事の前編は>>身近になった在日ネパール人:その1 受け入れ国日本の状況

森本 泉(もりもと いずみ)国際学科教授

人文地理学/ネパール地域研究/トゥーリズム現象、及び移動をめぐる社会文化的変容

お茶の水女子大学文教育学部地理学科卒業。同大学院人文科学研究科地理学修士課程修了。同大学院人間文化研究科比較文化学専攻を単位修得満期退学、博士(社会科学)。2001年に明治学院大学に着任し、現在は教授として人文地理学、地誌概説、南アジア地域研究などを担当する。日本地理学会、人文地理学会、南アジア学会、観光学術学会など複数の学会に所属。

著書に『ネパールにおけるツーリズム空間の創出』などがある。

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