【研究内容紹介】半澤朝彦先生

▽現在の研究分野はなんですか?

 大きく3つのエリアで研究を行なっています。1つ目は、国際関係史です。イギリスの大学院博士課程に留学した際、イギリス帝国の脱植民地化、特にアフリカや中東との関係を研究しました。かつての世界では、植民地を持つことが偉大さを表す重要な1つの指標でしたが、20世紀に入ると、徐々に植民地支配は否定されるようになりました。イギリス帝国が植民地を失って行く過程で、この転換期がいつ、どのように訪れたかについて、が博士論文のテーマでした。具体的には、国連などの国際機関が植民地支配を否定する規範を変えていった過程を外交史料で裏付けました。国連関係の国際政治学は今も続けていて、論文の執筆や研究会の運営、学会での発表を行っています。

 2つ目は、音楽史と国際関係史の統合です。私は15歳の頃から弦楽器のチェロを学んでいるのですが、音楽大学のソロ・ディプロマを取得するなど、実は膨大な時間や労力もかけて続けてきました。自分が好きで続けている音楽は国際関係論とは関係ないと以前は思っていたのですが、10年程前から音楽史と国際関係論を統合しようと試みています。音楽と社会は不可分であり、国歌や革命歌、反戦歌もそうですが、ときには社会を動かすなど政治的な意味を持ちます。

 3つ目として、これは短期的な今年の課題ですが、アイルランドと韓国・朝鮮半島という、どちらも隣国のイギリス、日本に占領され統治されたという共通点を持つ2カ国における、それぞれの植民地支配についての比較研究を行っています。主に東アジア諸国と日本との和解を目ざす「和解学」という研究プロジェクトが早稲田大学の教授を中心に行われているのですが、私もこのプロジェクトに参加しています。この春、アイルランドのダブリン、ベルファストへも足を運びました。アイルランドは、人口500万人弱の国にも関わらず、国外への移民が膨大で、世界におよそ10倍の7000万人の同胞がいると言われる、珍しい国です。また、ソフトパワー*の影響力も強く、世界で影響力を持つびっくりするような有名人もかなりいます。そうした中で、アイルランドはどのようにメディアによって表現され、イメージが形成されているか、現代における歴史認識の比較が課題です。ちなみにこの研究は、上記の、国連やイギリス帝国、ソフトパワーの研究とともに、私が最近ずっと関心を持っている「グローバル・ヒストリー」という歴史学の新潮流に沿ったものでもあります。

*国際政治学者Joseph Samuel Nye, Jr.が提唱した考え方で、権力を構成する要素のうち、軍事力や経済力などの「ハードパワー」ではない、文化や思想などの影響力のこと

▽研究分野の魅力はなんですか?

 私が自分の中心軸であると考えている歴史学という学問の魅力は、過去に生きた人々の経験を追体験できる点と、世の中の全体像を捉えることができる点です。小学生の頃から歴史、特に日本史が好きだったのですが、高校生までは歴史は「エピソードの集まり」、「噂話の集積」くらいに捉えていました。ところが、大学に入って大石慎三郎氏の著作『江戸時代』(中公新書)を読んで、歴史を構造で捉える「歴史学」としての見方に衝撃を受けました。この本では、たとえば江戸時代にコメの生産力が上がったことで、民衆の生活様式や幕府の統治機能がどのように変化したかとか、ファッションの社会的・経済的影響についてとか、歴史が構造的に説明されています。1977年の初版から50回も増版されており、学生の皆さんにおすすめの本です。歴史を学ぶことで、自分というちっぽけな存在だけでは経験できないことを知り、かつ構造的に歴史を捉え、視野を広げていけると思います。

▽この研究を志した理由はなんですか?

 きっかけの一つが、学生時代に参加したある国際政治学のゼミです。戦後日本の平和はアメリカの軍事力、具体的には「第七艦隊」によるところが大きいと指摘する先生がいらっしゃいました。この立場は非常にリアリズム的であり、平和憲法はどうなのか、など賛否両論あるかもしれませんが、国際政治の歴史を学んでいた当時の私からすると納得する部分もあり、否定できませんでした。だからこそ、国際政治は情緒に流されずに真面目に考えて行かなければいけないと思いました。

 また、20才より前に2年間父親の仕事の都合でイギリスに住んでいた経験や、冷戦の終結がテレビで実況されたり、グローバリゼーションが叫ばれ始めた時代背景もあり、自然と国内というより世界に関心が向いていったのだと思います。ちなみに、1991年頃に書いた修士論文は「グローバルな視点から見るNATOの形成」というテーマだったのですが、「どうしてそんな流行の言葉(=グローバル)に飛びつくのか」と周囲の人から笑われたりもしました。今では当たり前になった「グローバル」や「グローバリゼーション」という単語ですが、その頃はまだあまり定着していない言葉でした。

 実は、国際連合や文化に関する関心は、小学生の頃に本能的に感じた問題意識に発しています。自分が小学生の頃、誰が人気であるとか、威張っているとかといった、勢力争いのようなクラス内「政治」がありました。そして、いわゆる「ガキ大将」と呼ばれるリーダーは定期的に交代していました。私はこれについて、喧嘩強さや運動神経の良さ、トーク力など、人より優れた「資質」がリーダーを支えているというより、リーダーを支持し追認する周囲の声、国際政治でいうところの「世論」がリーダーを決めている部分が実際には大きい、と子ども心に感じていました。いくら資質を備えていても、世論が「リーダー」としてその人を支持しなければ、リーダーたり得ません。国際政治の研究においても、パワーのある国やリーダーばかり研究するのではなく、国際的な世論や大衆のイメージを形成しているものにフォーカスすべきだと考え、国連や文化について研究することになったわけです。

▽今後の研究目標はなんですか?

 今年から来年にかけて、1つ目の研究内容であるイギリス帝国と国連に関する本と、2つ目の音楽史と国際関係論の統合の試みに関する本を執筆したい計画です。後者については他の研究者と執筆に取り組み、共著として出版する予定です。本を執筆するにあたって大変と感じる点は、たとえば音楽を言葉で表現することなどですが、それも興味深く、やり甲斐を感じます。

 また、音楽と一言で言っても、それ自体のジャンルや時代がたくさんあり、まとめるのにも苦戦しています。私はチェロを通してクラシック音楽の中のごく一部の器楽には長いこと触れてきましたが、クラシックだけでもオペラや宗教音楽など、範囲は膨大です。また、20世紀の歴史に関していえば、ロックやヒップホップ、ジャズなど、色々なジャンルが登場しています。日本の歌謡曲からJポップも日本社会の理解に欠かせませんし、Kポップのように国際関係に大きな影響を及ぼしているものもあります。いわゆる「民族音楽」も、まだまだ研究されていない分野ということもあり、目を向けてみるとたくさんの発見があります。私が演奏者として参加するコンサートシリーズの開催など、実践活動も積極的に行なっています。最近思うことは、音楽を取り巻く、ファッション、動作、ダンス、ストーリー、音が鳴る場所や文脈なども非常に大事だということで、知りたいことが無限に広がる感じです。

▽学生時代はどのような学生でしたか?

 自由勝手にやっている感じだったと思いますが、不思議と友人は多かったですね。学生生活のうち半分は勉強だったかもしれませんが、残り半分は音楽やアルバイトでした。勉強については、単位認定に関係なく様々な授業を取り、その一方で、授業には行かずに気になった本を読んだりしていました。アルバイトに関しては20種類くらい経験したと思います。特に長かったのが飲食店のウェイターです。飲食店のアルバイト中は、接客や配膳などタスクが次から次へと山のようにあるので、日頃の抽象的な考え事から解放され、気持ちが楽になりました。

 私は学生のうちは、できるだけ「常識」から自由であって欲しいと思っています。「空気を読んで社会の定番に従うべき」といった考え方を持たない方が、自分のためにも人のためにも良いと思います。でないと、人として幅が狭くなり不寛容な人間になってしまう危険があるのではないでしょうか。また、人との対立や衝突といった経験も成長の糧となります。そういった経験がなければ、相手の気持ちを慮る事や、相手との距離を測ることも学べないからです。「無駄」と思えることもやってみると良いと思います。家とバイトと学校の「三角貿易」で終わる学生生活は大変勿体無いです。

▽学部生が読むべき本は、どういった本ですか?

・高坂正堯(1966年)『国際政治-恐怖と希望』中公新書

高坂正堯はリアリズムの代表格とされる国際政治学者ですが、実際にはもっと幅のある人で、今でも多くの人から尊敬されています。特に国際政治を学びたい人におすすめの一冊です。

・高木徹(2002年)『ドキュメント 戦争広告代理店-情報操作とボスニア戦争』講談社文庫

ユーゴスラビア内戦を例に、どのように大多数が支持する「正義」が形成され、いかに国際政治がイメージやソフトパワーによって操作されるかについて述べられています。この本はたいへん読みやすいので、国際学部のより多くの人におすすめです。

・グレゴール・ピアティゴルスキー、村上紀子訳(1972年)『チェロとわたし』白水社

ピアティゴルスキーは20世紀を代表するユダヤ系ロシア人のチェリストです。この本は、帝政ロシア時代に生まれた後、ロシア革命をきっかけにドイツへ難民として渡り、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のトップに登りつめるものの、第二次世界大戦におけるユダヤ人迫害によってアメリカへと渡り歩いた、彼の生涯を綴った自伝です。私の大好きな本の一つです。腹を抱えて笑える本である一方で、現代史と共に歩んできたピアティゴルスキーの一生を通して、20世紀の歴史を実感することが出来ます。チェリストの自伝という、マニアックな本ながら、意外と笑えるところも多く、面白いので大変おすすめです。

〇半澤 朝彦(はんざわ あきひこ)国際学科教授

専門:国際関係論からみるイギリス帝国史、国連史、文化・音と国際関係

ジョン・スワイア奨学金を得て、英オックスフォード大学(セント・アントニーズ・カレッジ)に留学し、現代史の博士号取得。北海道大学法学部専任講師を経て、2004年に明治学院大学国際学部に着任し、国際関係論や国際政治史などの講義や演習、英語科目を受け持つ。とくに文化的な側面から国際関係を見る。国際関係の幅広い領域を研究対象としている。イギリス帝国史研究会や、日本国際政治学会、日本政治学会、日本音楽学会その他に所属。

著書に『グローバル・ガヴァナンスの歴史的変容』(緒方貞子との共編著)や、「液状化する帝国史研究」(木畑洋一・後藤春美共編著『帝国の長い影』所収)、政治と音楽に関する一連の論文(「グローバルヒストリーと新しい音楽学」ほか、明治学院大学国際学部付属研究所発行の『国際学研究』に掲載。インターネット上で閲覧できる。)などがある。

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