【研究内容紹介】浪岡新太郎先生

▽現在の研究分野は何ですか?

 「どのように差別や貧困のない社会をつくっていくことができるのか」、特に「差別や貧困によって困っている、辛い思いをしている人々がいるにも関わらず、どうして僕たちは無関心でいられるのか」といった問いについて、政治社会学の理論(どちらかといえばフランス政治学)を用いて研究しています。主として、フランスや欧州、北米、日本のムスリムをはじめとするマイノリティ(差別や貧困を経験している人々)について調査しています。

 たとえば、欧州におけるムスリムは、人権や男女平等の名の下に差別され、貧困であることが当たり前とみなされる傾向があります。かれらはムスリムであるが故に、周辺の交通機関の整備が不十分な公営住宅に押しやられたり、同僚として認められなかったりします。そして、イスラームの教えは人権の尊重が不十分であり、ムスリムは欧米の文化を身につけていないため、かれらが差別や貧困を経験することは当然であるといった誤った見方が広がっています。このような見方を、まさに人権を尊重し、マイノリティを支援するべきと考えられる弁護士やソーシャルワーカーが主張し、かれらの排斥を正当化することも多いのです。なぜ、マイノリティの排斥が当然のこととされてしまうのか。どのようなマイノリティが排斥されやすいのか。排斥の仕組みについて比較研究を行なっています。

▽研究分野の魅力は何ですか?

 私の研究分野である「政治社会学」は、差別や貧困を無くす事を目的とする、「権力についての学問」です。権力には、「強制」と「協働」という、相反するように見える2つの側面があります。「強制」とは当事者の意思に反して何かを行わせることです。たとえば、当事者の意思に反して労働させる場合などです。これに対して、「協働」とは当事者の意思に基づいて他の人々と共に活動することでさらに自分の意思がよりよく発揮されることです。たとえば、自分が辛いと思うことを他の人に表現し、自分が辛いと思うことが自分だけの問題ではないことを発見し、その問題を共に解決しようとする場合などです。「協働」によって、私たちは他人の問題と思われているものが、自分自身の問題でもあることを理解することができます。これら権力が働くメカニズムを分析できるのが「政治社会学」の魅力です。犯罪などを防ぐために、「強制」が必要な時もあるでしょう。しかし、政治社会学では、いかにして権力の「協働」の部分を広げて「強制」の部分を抑えるかを考えます。

 たとえば、欧州や北米、日本においてムスリムは犯罪者であることを疑われる傾向があります。実際に、暴動やテロ行動などの暴力行為に参加する者もいます。私たちも、かれらがムスリムである以上、その人権を制限することもやむをえないと考えることもあります。もちろん、暴力行為を止めるよう「強制」することは必要です。しかし、なぜかれらが暴力行為に訴えるのかを考えてみると、背景に、かれら自身の辛さ、具体的には差別や貧困の経験、そして居場所がないという感覚があることに気づきます。そして、かれらの辛さは、私たちも共有している辛さであることに気づきます。さらに、私たちの社会自体が特定の人々を排斥する傾向があることに気づくことになります。このような試み、すなわち、かれらを私たちとは異なるものとして排斥するのではなく、かれらを含む私たちが共有する辛さを解決するために共に社会自体を変えていこうとする「協働」の試みを政治社会学は可能にします。

▽この研究を志した理由は何ですか?

 辛い思いをした時に、自分の辛さが自分だけのものではなく、他の人とも繋がるものであることを感じた、そして、自分は被害者であるだけではなく加害者でもありうることを知ったという経験です。たとえば、フランスの大学院に留学していた時、私はアジア系であるが故にフランスのカフェでウェイターに注文を無視されたり、白人至上主義の同級生との関係がうまくいかなかったりした経験があります。人種主義の被害者としての経験です。そんな時、同じように人種主義の被害者としての経験をもつアラブ系の柔道部の友人たちがいつも私を助けてくれました。助けてくれたことに感謝しつつも、私は心のどこかでアラブ系の人々は西欧系の人々に劣ると感じていました。人種主義の被害に遭って辛い思いをしている自分が、同時にいかに他者に対して(世話になっている人に対してすら!)人種主義的になりうるのか、白人至上主義を内面化しているのか、という事を考えさせられました。政治社会学によって、こうした経験を言語化することができました。

▽今後の研究目標は何ですか?

 私の調査方法はフィールドワークが中心なのですが、この調査方法は、一部の地域に精通する一方で、他の地域にも共通するような普遍性を見出しにくいというデメリットがあります。長くフィールドワークをするとその地域の人たちと様々な人間関係ができあがり、それだけに一層、その地域との関係が続いていくことになりやすいと思います。そこで、これまでの関係を維持しながらも、特に40歳を超えてからは、フランスから日本、カナダ、アメリカ合衆国へと、フィールドワークの場所を意識的に広げています。あえて自分に馴染みのない地域に飛び込むことで、複数のローカルな視点を理解し、視点を移動する中での比較を通じて普遍性を見出すことができるのではないかと考えています。そして、より普遍的に、人間にとって差別や貧困とは何かについて研究していきたいと思っています。また、そのために中国語をはじめ、新たに言語を学ぶことで自分自身を変えていきたいと考えています。

▽学生時代はどのような学生でしたか?

 柔道の稽古に励む一方で、本をたくさん読んでいました。他の人と繋がりたいと思い、共有できるものを探していました。柔道に打ち込んだ理由にはそんなこともあったように思います。実際に日々の稽古や仲間との合宿、試合、飲み会などを通じて、長い時間を過ごす仲間がいたのですが、一緒にいればいるほど、共有できないことがはっきりしてきて孤独を感じることも多かったように思います。そんな時に、本をよく読んでいました。漫画ではやまだ紫(1948〜2009)に衝撃を受けました。詩ではジャック・プレヴェール(1900〜1977)をよく暗唱していました。小説では、どうしようもない孤独や寄る辺のなさを表現した話が好きで、ポール・オースター(1947~)やウィリアム・サローヤン(1908~1981)といった作家の小説が気に入って繰り返し読んでいました。

▽学部生が読むべき本は、どのような本ですか?

 読むべき、というのではないのですが、皆さんも興味をもつかもしれないという意味で、おすすめの本は、竹内敏晴の『ことばが劈(ひら)かれるとき』 (ちくま文庫、1988年)です。私には、一時期、話せなくなってしまった時期がありました。その時に困ってしまい、読んだものです。私たちはなぜ話さなければならないのか、言葉を使うことについて、伝わらないことについて、深く考えさせられる本です。私はこの本を読んで、言葉を使って生きていこうと思えるようになりました。そういえば、思い出しましたが、篠原資明の『言の葉の交通論』(五柳書院、1995年)も、ちょっと難しいのですが、エッセイだし、良いと思います。

(取材日:2019/05/09)

〇浪岡 新太郎(なみおか しんたろう)国際学科教授

欧米におけるムスリムの政治参加/国民国家型シチズンシップの変容

中央大学法学部法律学科卒業。中央大学法学研究科およびエクス・マルセイユ第三大学政治学専攻博士前期課程修了。その後、エクサンプロヴァンス政治学院および立教大学法学研究科政治学専攻博士後期課程単位取得退学。フランス国立科学研究所連携研究員、立教大学法学部助手や在フランス日本大使館専門調査員等を経て、明治学院大学国際学部国際学科に着任。

共著書に『多文化主義の政治学』法政大学出版局2020年、『ヨーロッパ・デモクラシー:危機と転換』岩波書店2018年や『政治と宗教のインターフェイス』行路社2017年など。

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