YISAゼミ合宿補助活動報告 久保田ゼミ

YISAでは国際学部のゼミ合宿への補助を行っております。

以下、2019年7月30日〜8月1日に行われた久保田浩ゼミ、ゼミ合宿の報告です。

17KS 中村さん

合宿内容;

 釜ヶ崎支援機構の運営するあいりんシェルターでお話を伺った。日雇い労働者の方々が生活保護を受け取れるように手伝う、職の斡旋や、高齢者特別清掃事業などの失業対策を行っているそうだ。また、越年対策もしている。とはいえ、あいりんシェルタ―は一時避難場所に過ぎないため、あくまでも日雇い労働者の方々の自立を促す場として存在している。

 課題もあるそうで、労働者側はプライベートな部分を知られたくない方が多く、支援者はあと一歩踏み込むとより手厚く支援ができると考えるがそれは難しいため広く浅く付き合わざるを得ず、その中でいかに彼らからのSOSをキャッチできるかが大切になってくる、とおっしゃっていた。

 今回のお伺いしたお話の中で、時には厳しく指導する必要があるとおっしゃっていて、ただ優しく与えるだけが支援ではないと感じた。労働者の方々が自立するまで常に手厚くサポートしていると思っていたので意外だった。
 

 そもそも、釜ヶ崎がどういう場所なのかあまり想像ができないまま合宿に参加したため、到着してから現状を目の当たりにして、自分の知らない世界に来た感覚に陥った。そこには、路上で生活される方が普通にいて、威圧的な警察署があり、そして支援者がいた。印象的だったのが、最終日に足を踏み入れたチャペルだ。人々は、お祈りを目的に来ている感じはなく、寝ている人も少なからず見受けられ、休憩所として利用しているように見えた。また、謳われていた賛美歌も信者に向けた歌詞のものではなく、宣教師向けの内容だと感じた。正直、自分の知っている礼拝とは全く異なるものであったため、衝撃的であったし、少し寂しさも感じた。

 あいりん地区のすぐ横にはあべのハルカスが見えた。こんなにも身近に格差があったなんて今まで意識していなかったし、今回の経験がなければ今後も知ることはなかっただろう。
 困っている人に手を差し伸べることは簡単ではないけれど、まずは日常生活の小さな躓き
に目を向け助け合っていけたらと思う。

17KS 塚原さん

合宿内容;

 私たちはゼミ合宿で釜ヶ崎にある「ふるさとの家」という場所を訪問した。ここには、たくさんの高齢男性が集まっていた。彼らはここで食事をしながら談話し、一日を過ごしている。また、ふるさとの家の責任者の本田さんが無職の男性限定で散髪を行っている。本田さんは、最初に私たちを釜ヶ崎で生きていた人々が眠っている遺骨室に案内してくださった。

 ここで私が驚いたことは、想像以上の数の遺骨が置かれていたことである。話を聞いていくと、釜ヶ崎のふるさとの家に遺骨を置いてほしいと生前に言っている人、家族から縁を切られ誰にも拾われることがない人がいたという話を聞き、このふるさとの家は釜ヶ崎で生きてきた人々の心の拠り所であるのだと感じた。本田さんは大阪の釜ヶ崎で労働者の支援を行いながら聖書を見直していることや現実を見て何が原因であるのかという真実を見出すことの必要性、価値観の違いを発見することについて話してくださり、一連の話を通して本当に相手を理解していくために相手から学ぶところがないかという視点をもち、相互で学びあう関係の重要性を知ることができた。

今回の合宿で得たこと;

 釜ヶ崎に行く前は、治安が悪い、汚いというイメージが先行していたが、実際には掃除が行われているので汚いという印象は感じなかった。また訪問した施設や、お話した人たちから危ないという感覚は感じなかった。時々、少し怖いと思う人はいたが何かをされるわけでもなく、逆に親切に接してくれる人もいた。

 また日本の黒い部分を見ることで、社会の構造に違和感を得た。釜ヶ崎では、たくさんの人が路肩でお昼からお酒を飲みながら談笑し、日陰で寝ているという人がいる一方で特掃という日払いの仕事を行うことで釜ヶ崎の人たちが生活できるように工夫している実態を知った。

 そして釜ヶ崎は日雇い労働者たちの寄せ場、ドヤ街が形成されている社会であり独特のスタイルで労働者の生活を支えていると考える。

 私は今回交流を行った人たちが釜ヶ崎に住む労働者に支援するという意識より一個人の自立がされているように感じた。また、昔の名残が色濃く残っている地域であり、飛田新地が現在も栄えているという実態は驚いた。

 今回のゼミ合宿を通じて、私は実際に自分の目で見ることの重要性を再確認し、先入観や周りの話を鵜呑みにせずに自分の目で感じて学ぶことが重要だと考える。