高原ゼミ ゼミ合宿補助

YISAでは国際学部のゼミ合宿への補助を行っております。

以下、2019年10月30日〜11月3日に行われた高原ゼミ、ゼミ合宿の報告です。

高原ゼミ 2019年10月30日〜2019年11月3日  合宿地 ; 広島県、山口県、京都府
 

合宿内容;
1日目 広島平和記念公園周辺のガイド、広島平和記念資料館、ハチドリ社
2日目 直野章子さんの講演、フリータイム(中国新聞社見学、袋町小学校平和資料館)
3日目 大久野島(大久野島毒ガス資料館、島内の戦争遺跡ガイド)
4日目 小倉桂子さんの講演、米海兵隊岩国航空基地周辺のガイド
5日目 立命館大学国際平和ミュージアム
 
 
今回の合宿
世界に平和の心を発信し続ける、沖縄と広島という二つの場所を訪れて、より平和につい
て深い考察ができるようになった。2019年2月に校外実習で訪れた沖縄は、日本で唯一
民間人が総動員され地上戦が行われた場所だった。沖縄戦はアメリカ対日本という単純な
構図で語れるものではなく、日本軍による住民虐殺や集団強制死など複雑な歴史が絡み合
っている。しかし今回広島を訪れたことで、同じ太平洋戦争でも地域ごとに異なる戦争体
験があり異なる継承がなされていることがわかった。まず驚いたことは、広島が世界に開
かれた平和都市であるということだ。広島は世界で初めて原爆の投下された都市であり、
核兵器の被害を語ることのできる数少ない都市として世界を舞台に平和を訴え続けてきた
。しかし核兵器を落とされた都市として必然なのかもしれないが、日本の加害の側面が語
られることはあまりなかった。日本の加害の歴史の中に原爆を位置づけると、「原爆が落と
されたのは当然だった」という論理に繋がる恐れがあり、原爆の非人道性を上手く説明で
きなくなる。しかし自国の加害の歴史を直視せずに被害を語っても、世界に納得してもら
うことはできない。自らの加害の歴史を真摯に受け止め合う姿勢をお互いに持つことが、
お互いの苦しみを理解し合い、平和な世の中をつくる第一歩になる。沖縄や広島に限らず
世界には戦争の歴史を語るさまざまな場所があるが、それらの地域ごとの平和の心を学び
合い戦争を多角的に理解する必要があると感じた。今回の合宿はより広い地域に目を向け
平和を考えるとても良い機会になった。

17ks 櫻田さん

 高原ゼミとUC生の合同で広島・京都の4泊5日のフィールドトリップへ行きました。
1日目、広島について初めに、HIPさんの案内のもと平和記念公園の周辺をめぐり、その
後、平和祈念資料館へ入館しました。夜は、高原ゼミでハチドリ舎へ行き、元広島市長の
平岡さんのお話を伺いました。2日目は、直野章子さんのセミナーを受け、午後からは高
原ゼミ生数名で中国新聞社へ訪問し、記者の方にお話をうかがいました。3日目は、毒ガ
スが製造されていた大久野島へ行き、4日目に、被爆者である小倉桂子さんの被爆体験を
うかがい、午後から基地がある岩国市へ移動しました。5日目は高原ゼミで立命館大学国際平和ミュージアムへ訪問し、フィールドトリップの全日程を終了しました。
今回の合宿
 今回の5日間のフィールドトリップで、日本人はもっと戦時中に日本軍が行った加害の
歴史も学ぶ必要があると強く感じました。広島の平和祈念資料館へ行き、改めて核兵器の
恐ろしさ、非人道性を感じ、また、被爆者である小倉さんの被爆体験を聞き、被爆者の切
実な核廃絶の願いを感じることができました。しかし、平和記念公園や資料館には、多く
の人々が訪れていましたが、そのほとんどが海外から来た観光客や、修学旅行生でした。
今では、以前より、国際的に核廃絶の声が大きくなり、唯一の戦争被爆国である日本の核
廃絶への声は重要であると思います。しかし、一方的に核の被害の面ばかりを主張するの
では、世界の人々と平和の想いを共有することは難しいと今回のフィールドトリップで学
びました。いかなる理由でも、核兵器は使用されるべきではありませんが、日本人は広島
と長崎に核兵器が落とされるに至るまでの日本側の加害の歴史を教育の過程で学ぶべきで
あると考えました。また、歴史問題は現在日本が抱える国際的な問題と結びついており、
歴史はただの過去ではなく、現在に至るまで続く問題でもあると思います。
 今回は、高原ゼミ生だけでなく、UC生と合同で広島で学び、核兵器についてのさまざ
まな意見を聞くことができました。今後も、多くの人と意見や考えを共有していけるよう
に、さらに学習に励みたいと思います。