テーマや事例を比較する上の例のようなパタンのほか、先行する学説や主張のあいだの比較もレポートの定番である。この節ではこの方法のメリットを紹介する。
レポートで取りあげる問題について資料を調査するさいに、ある研究者が別の研究者の主張を批判するくだりを見つけたり、ふたつの先行研究のなかに対立する主張を見つけたりしたばあい、その対立が自分の取りあげる問題に関係しないか、また自分はどちらの主張を支持するかを考えてみたい。
レポートの中でふたりのプロを対戦させるのは、うまくいけばそれだけで学問的な論点をつぎつぎに生み、それを批判・評価するかたちで自分の主張ができる、悩みの少ない書き方と言える。ひとりの学者の主張ばかりオウム返しにするレポートは、権威主義的でオリジナリティも低くなるが、こうした問題も少なくなる。
最終的に自分が支持(賛成)する主張と批判(反対)する主張の、どちらを先に示せばよいのだろうか。ふつうは批判する主張を先に論ずるべきである。なぜなら第一に、批判する主張を通して問題を明らかにした上で、支持する議論を示して答えとできるからである。第二に、そうしないと、支持する主張の紹介部分と自分の評価を示す部分が離れ、ほぼ同じ内容を二度のべることになるからである。
こうした「対戦型」のレポートでは、二つの資料の一方にもう一方を徹底的に論破させるのが基本である。一方をメインとしてもう一方の主張を部分的に取り入れる、という折衷型の結論には、取りあげる問題についてそれなりに高度な理解が求められる。初心者は判定勝ち(折衷型)を狙わず、あくまでもKO勝ち(論破型)を目ざすべきである。
対立する主張が一長一短で、どちらを取るかで悩んだら、まずは頭の体操(思考実験)として、理解のむずかしい側の主張を、もう一方の立場からともかく徹底的に論破すべきである。そうすることにより、それぞれの学説のかくれた問題点が明らかになり、自分の主張もハッキリする。折衷はそのうえで考えればよい。
折衷のさいは、それぞれの主張をどこまで認め、どこから否定するか、という仕切りをしっかり立てないと、矛盾を抱え込むことになる。とくに注意しなければならないのは、双方の主張はすべて文章に示されているわけではなく、それぞれが当然と考える価値吼や大きな規範的な(「~べきである」という)アイディアほど、「言外の前提」として行間に潜みがちである、という点である。
たとえば、冷戦下の東西対立には戦争を生んだ面と防いだ面がある。一方に「東西対立は朝鮮半島やベトナムにふたつの政府を作り、戦争を生んだ」という主張がある。もう一方に「冷戦終結後あらわになる民族対立がもたらした紛争は、東西対立が民族対立を抑えていたことを示す」という主張がある。それぞれの背景には「すべての国家(または民族)は対等の権利をもち大国の身勝手は許されない」という前提と、「大国は利害をともにする勢力の安全保障に対し特別な責任と権利を持つ」という、あい容れない前提が隠れている。ここで「朝鮮半島とベトナムへの米・ソ中の介入は許しがたいが、彼らはそれ以外の地域ではよく大国の責任を果たした」などと安易な折衷をすれば、主権の平等という大前提において、矛盾を抱えることC。こなる。
こうした注意点はあるが、既存の学説の対立を批判的に論じ、独自の主張を示すのは、問題の立てかたとトピックの選びかたという殼大の難所で道を失いにくい安全で成功しやすいレポートの構成法である。議論するテーマについての知識を蓄える機会ともなるため、出題する教員にとっても願ったり叶ったりと言える。裏がえせば、先行する主張のなかに対立点を見つけられる程度に、出題された問題に親しまなければ、意味のあるレポートを書くことは難しいのである。