2.パラグラフ・ライティングの使用例

 とはいえ具体例を見ずに理解するのは難しい。まず受講者による短いレポートを例に、パラグラフ・ライティングの「使用前」「使用後」を比較してみたい。

 最初の例は、受講者が提出したままのレポート、つまりパラグラフ・ライティング「使用前」である(文例は、過去に学生が提出したいくつかのレポートから、出典表示などを取り除き再構成した)。

【例1】パラグラフ・ライティング「使用前」

 経済協力開発機構(OECD)の2006年学習到達度調査(PISA)で、日本は「数学的リテラシー」では6位から10位に、「読解力」では14位から15位に、「科学的リテラシー」では2位から6位に順位を落とした。前回の2003年調査と比較可能な3つの分野すべてで順位を下げたことになる。この調査は各国の15歳3ヶ月から16歳2ヶ月の生徒(おおむね高校1年生)を対象とする。この結果に衝撃を受けた文部科学省は、いわゆる「ゆとり教育」を見直し、小学校では2011年度から、中学校では2012年度から、学習指導要領を改訂することが決まった。これにより各学年の学習事項は増え、小学校では約5%、中学校では約3.5%、授業時間が増える。この改革は、かつて「詰め込み教育」と批判された路線への回帰を意味する。
 しかしこの判断に問題はないだろうか。まずPISAの参加国は2003年の41ヶ国から2006年の57ヶ国に増えており、学力に変化がなくても順位は低下する可能性があるからである。また、PISAで上位を占めた国のなかには、フィンランドをはじめ、授業時間が日本より顕著に少ない国がある一方、きわめて授業時間数の大きな国の多くが、日本よりかなり下位を占めた。学力の低下が授業瞼間数や学習事項と関連するとは即断できない。
 次にPISA以外の学力調査データを検討する。2005年4月に実施された高等学校教育課程実施状況調査によれば、1998年以前の指導要領で学んだ世代と同一問題全181問の正答率を比較したところ、145問で有意の差が見られず、10問で下回ったが、26問で上回った。こうしたことから、学力が低下したとは即断できない。
 以上より、学力低下は十分なでーたにより確認されておらず、「ゆとり教育」がその原因かもはっきりしないのである。

(760字)

 下線部が要点を示すことは、ひと目で分かるだろう。キーワードが集中し、具体的データ以外の抽象的主張が中心で、パラグラフの結論的な内容となっている。つまりいずれも本来トピック・センテンスに盛り込むべき内容である。その下線部が【例1】のパラグラフそれぞれのどの辺りに、いくつあるかを、確認してほしい。

 つぎにパラグラフ・ライティング「使用後」である(は説明用の段落番号)。

【例2】パラグラフ・ライティング「使用後」

¶1 国際的な学力調査での順位低下に衝撃をうけ、いわゆる「ゆとり教育」の見直しが進んだ。日本の学力は本当に低下しており、「ゆとり教育」がその原因なのだろうか。
¶2 経済協力開発機構(OECD)の2006年学習到達度調査(PISA)で、日本は前回の2003年調査と比較可能な3つの分野全てで順位を下げた。「数学的リテラシー」では6位から10位に、「読解力」では14位から15位に、「科学的リテラシー」では2位から6位に順位を落とした。この調査は各国の15歳3ヶ月から16歳2ヶ月の生徒(おおむね高校1年生)を対象とする。
¶3 これを学力低下ととらえ、教育政策は「詰め込み教育」と批判された路線へ回帰した。小学校では2011年度から、中学校では2012年度から、学習指導要領を改訂することが決まった。各学年の学習事項は増え、小学校では約5%、中学校では約3.5%、授業時間が増えた。
¶4 しかしPISAの順位低下だけでは、学力が低下したとは即断できない。PISA参加国は2003年の41ヶ国から2006年の57ヶ国に増えており、学力に変化がなくても順位は低下する可能性がある。また2005年4月に実施された高等学校教育課程実施状況調査によれば、1998年以前の指導要領で学んだ世代と同一問題全181問の正答率を比較したところ、145問で有意の差が見られず、10問で下回ったが、26問で上回った。こうしたことから、じっさいに学力が低下したと判断するだけのデータがあるとは言えない。
¶5 さらに、仮に学力の低下が想定できたとしても、それが授業時間数や学習事項と関連するとは即断できない。PISAで上位を占めた国のなかには、フィンランドをはじめ、授業時間が日本より顕著に少ない国がある一方、きわめて授業時間数の大きな国の多くが、日本よりかなり下位を占めた。
¶6 以上より、学力低下は十分なデータにより確認されておらず、「ゆとり教育」が原因であるかもはっきりしないのである。

(818字)

 イントロダクション(¶1)をあらたに書き足したこともあり、全体で2段落、50字弱増えたが、情報の増減はない。結論部(¶6)は変りなく、そのほか4パラグラフは順序の入れ替えにともなう書き換えが中心である。

 どちらの文例が分かりやすいか、一目瞭然ではないだろうか。下線を引いたトピック・センテンスをパラグラフのはじめに持ってくるだけで、議論の組み立てはこれだけ明快になる。たとえばこうして見ると、「学力低下」というキーワードが、焼き鳥の串のように、いくつものトピックを貫いていることなどもよく分かる。

 【例1】の文章を、【例2】で書き換えた点は、おもに次の2点である。

【例1】と【例2】のパラグラフ・ライティングによる変更点

1.PISAの順位低下(¶2)とその後の「ゆとり教育」見直し(¶3)、というふたつのトピックを、それぞれ独立したパラグラフとした
【例1】ではひとつのパラグラフにふたつのトピックがあった

2.考察部分¶4〜¶5を、結論に即して、「学力は本当に低下したか」という問題(¶4)と、「ゆとり教育のせいで学力は低下したのか」という問題(¶5)に、トピックごとに整理しなおした
ーーー【例1】ではデータの出所ごとにパラグラフを分けたため、レポートの問題設定上一括すべきトピック(¶4)が、ふたつのパラグラフに分かれていた

 この例からも分かるとおり、どんなトピックでパラグラフをまとめるかは、レポート全体で何を言うかという大局的な判断と、切っても切れない(ここで間違えると、箪笥が奇妙な論理で支配される)。とくに注意したいのは、¶5「ゆとり教育のせいで学力は低下したのか」は、¶4「学力は本当に低下したか」が「本当である」と仮定したばあいのみ意味のある問いである、という点である。

 【例1】は、調査データの出所ごとに「PISA vs. 教育課程実施状況調査」とパラグラフを分けた結果、この論理的な前提を見落とし、「学力低下は確認できない」という結論と矛盾する「学力は低下した」という仮定を受け入れたように見える。

 なお【例1】には、積極的なねらいがないかぎりトピック・センテンスに使うべきではないふたつの形が見られる。¶2「しかしこの判断には問題がないだろうか」は疑問文型、¶3「次にPISA以外の学力調査データを検討する」はアジェンダ(作業手順)提示型と言える。それぞれ「どの様な問題か」「検討の結果何か言えるか」という核心にふれず、示すべきキーワードを示しそこねている。

 「使用後」の【例2】のイントロダクションには、レポートの構成を整理するための、もう一つのスキルが見られる。結論に即した「問い」をレポートのはじめに示すテクニックである。冒頭の「問い」から結論での「答え」まで、レポートを貫く議論が強調できる。ただし¶1に移動した内容を単純に繰りかえさないため、¶3冒頭の表現には苦労の跡が見られる。なおレポートのイントロダクションにはもうひとつ、結論で書き出す形がある。【→コラムE】

 最初からパラグラフ・ライティングで書ける学生はまれだが、多くのレポートはじつは添削をうける前からトピック・センテンスに盛るべきキーワードや情報を取り上げている。問題はトピックの整理とトピック・センテンスの置き場所だけである。いきなりは無理でも、書いてから手直しするつもりになれば、パラグラフ・ライティングはさほど難しくない。