直接引用の絶対条件は、引用するテクストを一字一句忠実に再現することである。やむをえずことばを加えたり削ったりする箇所では、テクストにどのように手を入れたかを示す。省略した箇所は、「〔…)」「(中略)」などと明示する。舊漢字(旧漢字)、舊假な使ひ(旧かなづかい)、漢数字だけを改めるばあいも、かならずひとこと断る1。
あきらかな誤字があっても勝手に書き換えず、そのまま引用する。そのばあい直後に、たとえば「混惑(ママ)」(あるいはルビ機能を使って「混惑」)などと書き込む。あえてここまで徹底するのは、ひとつには、無断での書き換えは最悪のばあい、データの改竄や証拠の捏造と見なされるからである。先行研究の尊重は、すべての学問の出発点である。
a.力ギ括弧をもちいた短い直接引用
おおむね3行までの直接引用は、一重力ギ括弧「 」でくくって示す。
【例1】カギ括弧をもちいた引用 ナショナリズムの成立過程を各国の近代史に例を求めて検証したベネディクト・アンダーソンは、「国民」概念の新奇さと、その思想的な浅薄さを痛烈に批判する。これを「想像の政治的共同体」(アンダーソン,2000,p.24)と規定し、読者の注意を、国民と国民の殺し合いが過去2世紀の間にもたらした数百万の犠牲に向ける。「なぜ近年の(中略〕萎びた想像力が、こんな途方もない犠牲を産み出すのか」(同,p.26)。この謎を解く鍵として彼が注目するのは、言語や活字メディアなど、文化の役割である(同p.26)。 |
一次資料【→コラムN】をおもな検討対象とするレポートをのぞき、引用のほとんどはこのカギ括弧をもちいたスタイルになるはずである。
b.段落下げ(paragraph indent)を用いた長い直接引用
直接引用が本文のなかで3行程度を超えるばあい、引用だけの独立した段落をもうけ、左右を2〜4字、前後を1行ずつ空けることで自分のことばと区別する。本文のブロックの内側に白い枠でかこまれた、ひとまわり小さいブロックを作るようなイメージである。上下の余白は改行で作ればよいが、左右の余白はかならずインデント機能を使って設ける2。
【例2】段落引用 ナショナリズムの成立過程を各国の近代史に例を求めて検証したペネディクト・アンダーソンは「国民」概念の新奇さと、その思想的な浅薄さを痛烈に批判した。これを「想像の政治的共同体」(アンダーソン,2000,p.24)と規定し、彼は次の問いを投げかける。 国民はーつの共同体として想像される。なぜなら、国民の中にたとえ現実には不平等と搾取があるにせよ、国民(のつながり)は、常に、水平的な深い同志愛として心に思い描かれるからである。そして結局のところ、この同胞愛のゆえに、過去二世紀にわたり、数千、数百万の人びとが、かくも限られた想像力の産物のために、殺し合い、あるいはむしろみずからすすんで死んでいったのである。〔中略)なぜ近年の(たかだか二世紀にしかならない)萎びた想像カが、こんな途方もない犠牲を産み出すのか。(同,p.26) この謎を解く健として注目したのは、言語や活字メディアなど、文化の役割である(同,p.26)。 |
引用部分が本文中でそのまま意味上の段落となっていないかぎり、通常の段落のように冒頭1文字分を空けることはしない(【例2】の引用部分は、すぐ上の段落の一部として扱われている)。近年型のばあい、引用部分の最後に丸パーレン( )で出典を示す(ここでは「同,p.26」という部分)【第5節】。段落引用では、出典表示が句点「。」の外側(右側)となる(カギ括弧よる引用では逆 本節a)3。
引用者が中略した箇所は(【例2】引用部分の下から2行目のように)明示する「中略」という文字の前後が通常の丸パーレン( )ではなく、キッコー括弧〔 〕であることに注意すること。このキッコー括弧は、引用者がはさみ込んだ文宇を示す。省略した箇所にかぎらず、引用者が(【例2】引用部分の上から2行目のように)説明や読みやすさのためにことばを補った箇所も、同様にキッコー括弧で示す。
【例2】は直接引用を増やし、【例1】が自分のことばで言いかえていた部分まで引用で示した。このため全体が格段に長くなり、読者は論旨を迫うのにやや手こずる。もし【例2】で増えた直接引用が、引用者のレポートに直接関しない議論ならば、説者に親切なのは、もちろんより簡潔な【例1】である。
短い直接引用は本文よりもよく読まれ、長い直接引用は読み飛ばされる。一次資料の検討をおもな課題とするレポートをのぞき、カギ括弧でインバクトのある部分だけを引用するのが、直接引用の基本型と考えること。一次資料じたいの検討を主とするレポート以外で、何ページにもわたり次々に段落引用が出てくるようなら、書き手は致命的な過ちを犯している恐れがある。他人の主張をダラダラと並べるのは、自分で理解する手間を惜しむからか、自分の主張がまとまらないからかもしれない。
1 歴史や文学、文献学では、漢字や仮名づかいの新旧も、むやみに改めない。過去のテクストは議論の絶対的な証拠であり、一字一句どころか一点一画が意味をもちうるからである。これらの分野で、テクストを粗末にあつかう議倫が説得力を認められることはありえない。このため歴史的な異体字のフォントを拠供する専門のウェブサイトもある。
2 改行を使って似たようなブロックができても、加筆するたびに行が崩れるうえ文書フアイルとして受け取る側のワードプロセッサやプリンタの設定によってはページが崩れるからである。
3 本来、ひとつの文を最後まで引用したことを示すため、句点はこのように引用の境界線を示す記号の内側(左側)に置くのが望ましい。カギ括弧での引用が、文全体を引用しているばあいでも句点を外側(右側)に置くのは、何よりも見やすさのためである。