ではどんなとき直接引用すべきか。それは引用元のオリジナリティの高いことばが出てきたときである。具体的なイメージをかきたてるその人ならではのことばは、多少長くなっても活かしたい。逆に誰が説明しても大きな違いがない統計データや一般論、背景説明などを漫然と直接引用すれば、手抜きと見なされ、書き手としてのセンスが疑われる。
この点を考え、引用もまじえつつ例文をもう一度パラフレーズしたのが、次の例である。
【例4】オリジナリティの高いことばだけを厳選した手短かな引用 ナショナリズムの成立過程を各国の近代史に例を求めて検証したベネディクト・アンダーソンは、「国民」概念の新しさとその思想的な浅薄さを痛烈に批判し、これを「想像の政治的共同体」(アンダーソン,2000,p.24)と規定した。この「たかだか二世紀にしかならない」「萎びた想像カ」がもたらす同胞意識が、国民間の殺し合いと、数百万にのぼる「途方もない犠牲」をもたらした理由を、彼は読者に問いかける(同,p.26)。ここで彼は、言語や活字メディアなど文化の果たす役割から説明することを提案する。 |
「想像の政治的共同体」という斬新な定義、「萎びた想像カ」「途方もない犠牲」という、パンチのあるセリアだけを残しあとはパラフレーズした。【例3】の無個性なことばの何カ所かに置かれた短い直接引用により、アンダーソンという個人の語調や思考パタンが息を吹きかえすのが分かるだろう。引用元の個性を知ることは、引用元を支持するにせよ批判するにせよ、説者の判断を助ける。直接引用するフレーズを厳選すれば,手短かな表現のなかにも、小まめにキーワードを取り入れられる。引用の厳選は、オリジナルの語りロを活かしながら、自分の表現の中にうまく消化するために欠かせない。
主題となる一次資料の引用をのぞけば、積極的に直接引用すぺきなのは、その人でなければ言えないことば,その人が言ったからこそ意味のあることばにほぽ限られる。具体的には、次のとおりである。
【ポイント】積極的に直接引用すべきことばの四つの性格
- 公共性:発言に責任を負う立場にある人のことば・政府見解など
- 専門性:正確な知識を期待できる専門家、とくに研究者のことば
- 当事者性:問題に当事者としてかかわった人、直接利害を持つ人のことば
- 表現の個性:イメージを喚起する印象的なこと場,発言者の個性を示す語り口
引用元のどのことばを選び、どのようにパラフレーズするかは、すでにレポートの書き手による解釈の作業であり、分析・評価・批判の始まりである。この分析・評価・批判をさらに積極的に先に進め、引用を自分の議論のなかに位置づけるのが、ここからの作業となる。たとえばアンダーソンの見落としを探す、アンダーソンが乗り越えた過去のモデルと比較する、ほかの学者のアンダーソンに対する批判が当たっているかを検討する、彼の言外の前提が何かを探る、このモデルが適用できる事例や適用できない事例を検証する、というような作業である(先行するふたつの学説を戦わせるレポートのパタンについては、第8節3を参照)。引用する主張に対して、あるいはその主張から何かが言えるのでなければ、そもそもレポートで取り上げる意味はないのである。