2.具体的な「問い」の重要さ

 論証にはまず、具体的な議論のポイントを示す「問い」がなければならない。高等学校までの教育では、つねに答えが求められる一方、問いを立てるように求められることはほとんどない。このため大学に入りレポートが出題されたとたん、そもそも何を書けばよいのか分からないと途方にくれる学生が多い。この戸惑いのもうひとつの理由は、レポートの出題が漠然としていることである。何を書くべきかは、議論する問題の範囲を絞り、「問い」の中身を具体化すればハッキリする。

 先の例に当てはめれば、「地球温暖化とは何か」ではあまりに漠然としており、抽象的で何を論じてよいのか分からない。論証でとりあげる「問い」は、正しさ(妥当性)を検証できるものでなければならない。たとえば次のような問いであれば、ある程度具体的であり、検証可能と言えるのではないだろうか。

【例2】レポート・論文らしい問い

  1. :「実際の観測データは地球温暖化や化石燃料使用の影響を示しているのか」
  2. :「長期的な気候変動の影響は適正に評価されているか」
  3. :「イ匕石燃料から発生した二酸化炭素が主要な温暖化の原因という主張は、いかにして通説となったのか」
  4. :「温暖化はどのような事態をもたらすか」
  5. :「温暖化ガスが原因と仮定したばあい、どのような対策が可能か」

 問いを立てるさいは、それに対するおよその答えを思いつく程度まで、問いの内容を具体的なものとする。自分に与えられた時間、字数、知識、経験で、意味のある議論ができるサイズまで、問いを絞り込むのである。【→コラムC】

 やっかいなことに「問い」は疑問文のかたちで示されるとはかぎらない。問いが大切であると説明すると、学生はしばしば、学問的な論文のなかでじっさいに問い
を目にすることなどほとんどないと主張する。それもそのはずで、「問い」はしばしば「課題」として平叙文で示され、時には文中に埋もれたキーワードにすぎない。「問い」と「課題」と「テーマ」は、レポートにおいてほぼ同じ意味である。ただし、初心者には疑問文のかたちでレポートの冒頭に「問い」を示すスタイルをまず身につけるよう勧めたい【→コラムE】。レポートの関心がよりハッキリし、問いが結論(答え)まで一貫しているか、書きながチェックしやすいからである。

 よい「問い」が立てば適切な「答え」も、またそれを導くために必要な「論拠」もおのずからはっきりする。逆に言えば、レポートの大きな流れが決まらないと、レポートの書き出しに示す「問い」が定まらない。じっさいにはレポートが完全にプランどおりに完成することはめったにない。答えや論拠まで書き進んでから「問い」を微調整するつもりで、およそこんな内容という程の、仮の問いを書いてスタートしてもよい。

 出題者がふたつの「問い」に答えることを要求しないかぎり、レポート全体を包括する「問い」は、原則としてひとつに絞るよう工夫すべきである。論証の軸となる問いをあえてふたつ以上立てるのは、論証のスキルがある程度身につくまでは避けたいにうしたふたつの問いは、両方の関係がはっきりするにつれ、一方が他方にオマケのように含まれていることが判明したり、両方を抱え込むさらに大きな問いが見つかったりするばあいが多い)。

 ただし、大きな「問い」に答えるうちに、より小さな多くの問いが派生し、重箱のように入れ子式になっていることはよくある。このようなばあいはもちろん、無理に問いをひとつに限ろうとする必要はない。【→コラムD】