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可能性への挑戦 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (完)一、はじめに 私は、明治学院大学より許されて、一九七五年四月より一九七七年九月まで約二年六ヶ月にわたり、西ドイツおよびオーストリアにおいて在外研究する機会を与えられた。この度、編集部のご依頼に答え、しばらくこの誌上で、留学中私がかの地で体験したことの一端を報告しそれによって学生諸君に対し二年余の不在の償いのひとつをさせていただきたいと思う。私があえてこの体験記を書くにいたったのは、未来への大きな可能性を秘めた学生諸君のこれからの人生展開に際し、私の小さな体験が諸君の勇気ある決断と努力のための一つの参考資料となることができれば、と考えたからである。だから、私は、私が思ったこと、体験したこと、行なったことをありのまま書くことに努めたいと思う。たとえ、それによって自己の内面があからさまになり、私に対する評価が落ちることがあるとしても。 二、プロローグ −− 最初のドイツ訪問 私は、今回の在外研究に備えて、ドイツ語の研修と留学候補地選定のため、留学の前年、一九七四年の三月から四月にかけて約四十日間ドイツおよびオーストリアを訪れた。これは私の人生最初の海外旅行でもあったので印象深かったが、私の学問の展開においても、物の考え方や人生の取り組み方においても一つの転機となったものである。まず私のこの最初のドイツ訪問の紹介からこの留学体験記を始めたいと思う。 1、ドイツでの第一日 一九七四年二月二八日、私は、大学生協の学生旅行団と一緒に日航機で羽田を発ち、コペンハーゲンを経由して翌日の午後ロンドンに着いた。そこに二泊してから列車でドイツに向かった。それはロンドン・リバプールストリート駅午後五時三十分発ミュンヘン中央駅行の国際列車で、途中夜半に連絡船に乗り換え、眠っているうちに海を渡り、翌朝六時フック・ファン・ホランドというオランダの新しい港町に到着、そこで再び汽車に乗り、ロッテルダムを通り、オランダ平野の中央部を貫いて西ドイツに入る。
このオーバーバイエルンの南部に位置するムルナウという田舎町に来たのは、ここにあるゲーテ研究所のドイツ語学校の四週間コースに参加するためである。ドイツ語の能力、とくに、聞き、話し、書く能力を身につけるというのが、この最初のドイツ訪問の第一の目的であったのである。駅舎にいたたった一人の駅員が呼んでくれたタクシーでゲーテを訪ねた。校長からクラス分けテストの用紙を手渡され、下宿を紹介された。下宿はウインターマルクト二六番地アウトーファーさんの家。家の中は、すべてが清潔でぴかぴかに磨きあげられ、秩序だっている。これは、その後ドイツの家庭に招かれる機会が多くあったが、すべてに共通していた。清潔さと秩序とは、偉大なるすべてのドイツの主婦の御家芸なのである。自分の部屋に落ち着いてから「一時間で!何も参照しないで!」という校長先生の指示に背き、辞書・文法書を駆使して夜中の二時までかかってテストの答えを捻出した。あまりに出来の悪い点をとるのが恥しかったからである。しかし、これが大失敗で、次回で述べるように、このために大変な目にあうのである。ベットに横たわって明日から始まる生活について期待と不安をもって思いめぐらしているうちに、眠りにつき、ドイツでの第一日が終わった。 白金通信 第112号に掲載 |
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