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可能性への挑戦 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (完)二、プロローグ(続) 2、ゲーテでのドイツ語研修 翌朝さわやかに目覚めた。新しい生活がはじまったという喜びがふつふつと湧いてきた。さっそくゲーテ研究所のドイツ語学校に向かう。事務室で、クラス分けテストの解答を手渡してから、食堂のホールに入った。ゲーテの生徒は、土・日曜日を除く毎朝、朝食は学校でとるのである。ホールに入ったときの印象は強烈であった。碧、緑、茶、灰色の眼の、金、銀、赤、栗色の様々な色の髪の若人がそこに充満し、楽しく語り合っている。百花繚乱、様々な種類の花々が一度に咲き乱れているかのようである。世界の各国(主としてヨーロッパ各国であるが)から集まってきたさまざまな職業(大学生も多い)の青年男女たちが互いに自己紹介しあい交歓する。新しい交わりのはじまりである。日本から初めて外国に出て来た参加者にとっては、碧眼金髪の美女達と親しく交流することができること自体が新鮮な驚きであった。 第二の、嬉しくない方のショックは教室でやってきた。授業が始まって驚愕した。先生の言うことが全くわからない。先生に応じて生徒が答えたり、軽口を言ったり笑ったりしているが、これまた、全くわからない。教材のテープも、速すぎてわからない。さあ困った。必死になるけれどもどうにもならない。先生は次々と生徒にあてていくのだが、私のところにくると、進まないで、時間ばかりたってしまう。先生はイライラし、クラスの生徒たちもやはりイライラし、次第に軽蔑と怒りをもって私をみるようになる。午後からは、先生は私にはあてないで、私のところは素通りするようになった。大変なことになってしまった。 こんなことになったのは、校長の指示に反してクラス分けテストにカンニングし、その結果、実力よりはるか上のクラスに入れられてしまったためである。自分には全くの初級のクラスがふさわしかったのだ。こんな状態で授業を受け続けたら、ドイツ語能力の修得という今度の旅行の第一の目的は成就できない。私はあせった。先生に事情を話して下のクラスに移してもらおうか。しかしクラスから脱落するのは気が重い。しゃくだ、残念だ。負けてたまるか。追いつき追い越せ!ファイトが湧いてきた。よし、クラスにとどまろう。これも運命が与えた一つのチャンスだ。自分の可能性の限界を追求してみよう。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれというではないか。この際ドイツ語に身を捨てきってやれと、決心がついた。私の第一回の「可能性への挑戦」はこうして始まった。
ドイツ語に徹しなければならない。そのためには、まず交際する友人を取捨選択すべきである。昼食は生徒たちは食券をもらって町中のレストランに食べに行く。交流を深める楽しい時間だ。ここのゲーテには日本人が八人ばかり集まって食事をし、お茶を飲んでいる。これではドイツ語はうまくならない。私は日本人のグループとはできるだけ一緒に行動しない、というつらい決心をまずした。ドイツ語のうまいヨーロッパ系の人達とつきあう。それもできるだけ女性と。なぜなら、ヨーロッパ女性は日本人男性に大いに関心をもっているので、根気よい話し相手になってくれるからである。それも美人の方がよい。なぜなら、男であるならば、美人を前にすると、いいところを見せようとし、例えば、今日習ったばかりの例文を駆使してなんとかうまくしゃべろうと努力する力がおのずとわいてくるからである。 ドイツ語のためにはあらゆる機会を利用すべきである。午後の授業は三時から五時までで、夕食は各人各様にとる。私は町のガストシュテューべ(居酒屋風のドイツのレストランをこう呼ぶ)でとった。中に入るとまずよく見渡し、たとえ空いている席があっても話し相手になってくれそうなドイツ人を探し、お願いして相席にしてもらう。夕食も会話の勉強の機会に利用するのだ。これらは、大変勇気のいることであったが、これもドイツ語のため、そしてそれは学問のためである。学問への情熱と使命感と負けじ魂が、私に、日本では想像だにつかなかった勇気と根気を与えてくれたのである。ドイツ語の学習のためにはすべての時間を捧げるべきである。夕食後は、夜の十時の消燈までゲーテに残ってテープで教材を繰り返し繰り返し聞いて練習する。ベットに入っても練習。七日目から夢でもドイツ語をしゃべるようになった。 第三週あたりからめきめき力がついてきた。最後の週の半ば、かねての予定に従い、授業の課題としてのスピーチを「日本経済高度成長の原因」という題でおこなった。四十五分の演説が終ると激しい拍手と握手ぜめ、多くの賛辞をいただいた。これであの恥辱もぬぐわれた、と私は思った。旅の第一の目的は、思わない経緯を経て、予想以上の成果をあげえたと思う。(教訓一、決してあきらめるな、身を捨て頑張れ、そうすれば必ず成就する)。 ムルナウのゲーテでの生活はすべての参加した生徒にとって満足すべく楽しいものであったと思う。ここムルナウは、ドイツアルプスを背に受け、シュタヘル湖を前にした誠に風光明媚な保養地である。南に汽車かバスで四十分走ると冬期オリンピックで有名なガーミッシュ、パルテンキルへがある。勉強の合間にそこへスキーにいくものもいる。北に一時間走ると、ビールとオペラと学問の文化の都ミュンヘンがある。あるいは、近くに点在する湖沼や城を訪ね歩くこともできる。ようやく残雪も消え、緑の牧場が姿を現わし桜や桃などの花々が一挙に咲いた。甘い春の香りが漂う。血の湧き立つ季節である。そこここに愛が芽生え、恋も生じる。こうして盛り上ったところで四週間のコースは終りをむかえ、生徒達は、住所を交換し、再会を約して、ムルナウをあとに別れていった。 白金通信 第113号に掲載 |
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